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仙道緑(1000円の男)
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    ■2006/12/11(月) サユリ その6

    とっくに空になっていたコーヒーゼリーと、冷めたカフェオレがやけに目に付くようになってきたのは、店内に少し長居をしすぎかなと、僕が気にし始めたからなのかもしれない。
    会話が途切れた僕達の間に流れる空気は、サユリさんの目にはどう映っているのだろう。さっき、最後に言った言葉を、微笑んで返せばよかったのかな。僕は頬に肘をついてそんなことを考える。
    「どうか、したの?」
    僕の視線が煩かったのか、サユリさんは不思議そうな顔で尋ねてきた。
    「いや、唇にコーヒーゼリーのクリームがついてるからさ。」
    「えっ、嘘でしょ?」
    そう言って、サユリさんはペーパーナプキンを手に取る。返答が「本当に?」ではなく、「嘘でしょ?」だったということは、自分のテーブルマナーに自信があるということなのか・・・。そう思いながらも、彼女が口を拭く前に種明かしをする。
    「うん、嘘。ちょっと、リアクションを見てみたかっただけ。」
    「うわ・・・やな性格。」
    サユリさんがわざとらしく怒るのを見て、僕はあえて何も言わずに、ただ、にっこりと笑う。
    「その笑顔は、凄くいい人みたいなのに・・・。」
    「まぁ、ね。騙されないように、気をつけてね。」

    「ねぇ、仙道さん。」
    「はい、なんでしょう。」
    「私は、特に変わった経歴の持ち主でも、美人でも、頭がいい訳でもありません。」
    「・・・。」
    僕が、口に任せて何かを言おうとしたのを、サユリさんは機を制して遮る。
    「でもね。そんな私と話している仙道さんは、なんだかとても楽しそうで。それが、私はとっても嬉しいです。」
    そして、サユリさんはぺこりと頭を下げた。
    「ありがとう、仙道さん。」

    黒い髪で渦を巻くつむじが見えると、僕は胸の内側に暖かい波がたどり着いたのを感じた。意外なタイミングの意外な一言は、僕を少なからず動揺させた。
    「あ、いや、その、お礼を言われることじゃ、ないんだよ。僕も個人的に楽しんでやっていることだし・・・。」
    少し泣きそうになっている。そんな自分の感情に戸惑いながら、しどろもどろに返事をする。
    「仙道さん、私の今のこの気持ちは幸せってやつなんだよ。」
    サユリさんは、自分の胸に手を当てて、僕を見ながら微笑む。僕は、照れくさいのと、店内の明かりが眩しいのと、そんなポーズをとりたかったから、帽子を深く被り直す。
    「うん、まぁ・・・俺も幸せかな。」
    一人称が変わったのは、恥ずかしさのせいだろう。これじゃ、結局経験を積んでいるのかいないのか、わからないじゃないか。ぐるぐると頭の中に自問が浮かぶ。
    「よかった。不感症じゃ、ないんだね。」
    そう言ったサユリさんの顔も、僕と同じようにちょっぴり泣きそうになっていた。
    別れ話も、不幸な話もしていないはずの二人なのに、涙が出そうな顔で、感情を零して笑いあう。ちょっと変わった二人は、名も知らないBGMを一曲だけ聴いて、その喫茶店を後にした。

    コーヒーゼリーの味は文章でしか思い出せないけれど、あの時の気持ちは忘れられません。さようなら、サユリさん。お互い、手を伸ばして、ね。

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    ■コメント


    サユリさん編、展開は淡々としていたもののとても素敵でした。幸せなときに幸せと声に出して言える人には、何か圧倒的な強さのようなものを感じます。
    それから、サユリさんは自らを「何もない女」と言っていたようですが、"1000円の男"に足を止めている時点でやはりおもしろい方だなと思ってしまいました。
    【2006/12/11 16:18】 URL | いかさま #wpZEgdTo [ 編集]

    幸せのひとつって誰かに必要とされることかもしれないですね。
    わたし自身は、すごい自分のこと話してしまうタイプです。こっちが言わなきゃ話してもらえないかなって思うので。でも話すぎな気がいつもします。
    【2006/12/12 01:27】 URL | ゆうひ #AYRbcOxw [ 編集]
    ■コメントありがとうございます。
    幸せといえる人・・・の下り、全く同感です。僕は、賢いような気になって、ひねくれて、結局は愚かな道を歩んでいるのかもしれませんね。1000円の男に足を止めると・・・そんなに変わった人になってしまうのでしょうか(笑)>いかさまさん

    仙道としては、とても歓迎される女性ですし、ゆうひさんの気持ちもとてもわかりますよ。話しすぎかも・・・ということですが、女性同士のおしゃべりと男性とのおしゃべりはリズムが違うものですから、きっと男性相手には少し話しすぎるくらいで、丁度いいのだと、思いますよ。>ゆうひさん
    【2006/12/12 23:38】 URL | 1000 #- [ 編集]
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