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仙道緑(1000円の男)
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    ■2006/07/01(土) キッカケ その2

    (食事前、食事中の方は、今回の記事を読んで気分を悪くされるかもしれません。何卒、自己責任でお願いします。)

    どこかで書いたと思うが、僕は酒に弱い。顔はすぐに赤くなるし、足もすぐにだるくなる。酒も、酔って気の大きくなった自分もあまり好きではない。
    飲めと言われれば飲んで潰れるが、次からは、その人の行う飲み会は、やんわりと断って参加しなくなる。そもそも、酒の場で皆を盛り上げるようなタイプでもないのだ。適当に断っているうちに、つまらないやつ、と思われて誘われなくなる。そうやって、ポツポツと飲み会の縁を切ってきた。

    その日の飲み会は、そんな僕と比較的長い付き合いがある友人の、祝いの席だった。彼とは学生時代からの数少ない友人で、ある分野において氷柱の様に冷たく輝く、美しい才能を持つ人間だった。誰もが羨む宝石をごく当たり前のように持ちながら、よく人の優しさに気づく。女だけでなく、男も惚れさせる男だった。そんな彼が長年続けてきた活動が、いよいよ遅すぎる賞を取ったのだという。

    時々、電話をするだけだった僕を覚えていてくれた嬉しさもあり、僕は珍しく浮き足立った気分で参加をしたのだが、一度だけ彼とグラスを合わせただけで殆ど会話を交わすことも無く、引っ張りだこの主役はあっという間にアルコールと人の渦に飲まれていった。

    軽くビールの泡で口を拭いただけの僕は、完全に素面のまま、グラスを片付けたり、ハンガーから落ちたコートをかけなおしたりして暇を潰していたが、あまりに間が持たないのと、タバコの煙で喉が痛くなってきたので、やがて逃げるようにしてトイレへと席を立った。

    忙しく店員さんが駆け回る通路の角を曲がると、グラスの音と乾杯の声も小さくなる。祝いの言葉をかけたことだし、適当に機を見つけて帰ろうか・・・。そんなことを思いながら男子トイレのドアを開けると、居酒屋に良く置かれている大きめの洗面台に両手をかけて、女性が吐いていた。既にかなり酔いつぶれているらしく顔は真っ赤で非常に苦しそうだった。その傍で付き添っていた女性が、こちらを見て、

    「すいません、女子トイレが一杯だったので。」

    と、僕が何も言わないうちから、謝ってきた。予想通りの答えだったので、無言のまま軽く頷いて、個室に入り用を足す。ドアの向こうから、定期的に女性の唸るような声が聞こえ続ける。当然のことだが、あまりいい印象ではなかった。

    やがてドアを開けて手を洗う為に洗面所に戻ると、その女性達に見覚えがあることに気づく。確か、僕と同じ飲み会に参加していた人だったはずだ。お互い、明日街で会っても話もしないであろう仲だが、一応の縁だ。手を洗ってから、

    「大丈夫ですか?」

    と、話しかける。吐いている方の女性はこちらを見ることも無く、洗面台に向かって唸り続けていた。付き添いの女性は、おろおろとしたまま、僕の方を見上げて、何も言わない。
    見ると、洗面台が吐瀉物で詰っている。付き添いの子が焦って水を流したのだろう。洗面台の水位が吐いたモノでかなり上がっていた。

    これも素面の務めか。

    そう諦めて袖をめくると、僕は洗面台の中に腕を突っ込んで栓のあたりを指でかき回し、詰まった吐瀉物を掻き出した。嫌な気分だったが、彼の祝い酒が、誰かの嫌な記憶になるのに比べれば・・・と、勝手な自己満足を嫌悪感に挟んで、なんとか自分の腕の感触に耐えた。
    ゴミ箱に詰まっていたモノをすくって捨て、肘から先を別の洗面台で洗っていると、付き添いの子と少しだけ目が合った。

    申し訳なさそうに無言で目を逸らすのを見て、僕は何も言わずに男子トイレから去る。席に戻って、彼女達の知り合いでも探そう。そんなことを思っていた。

    後の恋人「サキ」とは、こんな、あまりドラマになりそうにないシーンで出会ったのだった。


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    00:15 | トラックバック(0) | コメント(4) | エトセトラ | Page Top


    ■2006/07/02(日) キッカケ その3

    彼から番号を教わったというサキさん(二人のうち、看病をしてた方)から電話があったのは、それから数日後。飲み会でそんなことがあったことすら、忘れかけていた頃だった。どちらかというとあまり会いたくないであろう、気まずい出会いだったと思うのだが、一度会って話をしたいのだという。

    「人の為に、自分が嫌なことを出来る人ってすごいと思った。」

    後日、付き合いはじめてすぐの頃にそんな話を聞く。正確には彼女達の為でなく、自分と彼の為にやったことなのだが・・・わざわざ言うまでも無いことだろう。とにかく、友人の縁という、よくある話で僕達は付き合い始めた。二人の共通の知人である彼だけが、心の底からそれを喜んでくれたのが、照れくさかった。


    そして、月日は流れる。二人の話をここで書く気はないが、喧嘩や言い合いもない、静かな一年数ヶ月だった。二人に愛情はあったのか。抱き合った時に湧き上がった気持ちは劣情ではなかったのか。寂しさだけで寄り添ったのではなかったのか・・・僕には今振り返ってもわからない。

    ともあれ、誰にも別れは必ずやって来る。僕とサキさんにも、それは例外ではなかった。




    17:37 | トラックバック(0) | コメント(5) | エトセトラ | Page Top


    ■2006/07/03(月) キッカケ その4

    恋仲だった二人は、どんな別れ方をするのが理想なのだろうか。流れる涙と悲しみが少なければ、それは良い別れなのだろうか。笑顔で別れられれば、それがいいのだろうか・・・。

    その日、狭いバスルームの中で半裸で抱き合う二人を僕の部屋で見たとき。不思議と僕の胸の中にはなんの感情も湧き上がらなかった。仕事で帰れなくなるはずだった僕を、サキさんは化粧をするとき以上に目を丸くして見つめた。男の方の顔は、よく覚えていない。おそらくどこかで出会ってもわからないだろう。

    1秒だけ、何をすべきか考えるために目を閉じると、僕は無言のまま静かにドアを閉めて、近所の本屋へ向かった。僕の背に何か言葉がかけられていたようだったが、その時は聞こえていなかった。今でも、霧がかかったように思い出せない。

    一冊も本を手に取らないまま、本屋で時間を潰して30分程たった頃。電源を消していた携帯電話をポケットから取り出すと、サキさんへ

    「終わったら、鍵を置いて帰ってください。荷物は、また後日にでも。」

    とメールを送った。決定的といえば決定的な場面を見たのだ。特に不思議なことではないだろう。
    感情からではなく、疲れが原因の深いため息をして携帯を閉じた瞬間、眩く光りながら、僕の携帯が命を吹き返す。液晶に書かれた文字を見るでもなく、サキさんからだとわかる。

    「もしもし。メールは見たの?」
    と、僕。
    「もしもし!何度も電話したのよ!」
    と、サキさん。
    繋がらない、会話。深い水たまりに入ったような、嫌な予感が足元に広がる。


    ペースが落ちてしまって、申し訳ないです。中々、書きづらい記事でした。


    23:43 | トラックバック(0) | コメント(5) | エトセトラ | Page Top


    ■2006/07/04(火) キッカケ その5

    「とにかく、一度会って話をしようよ。お願い!」
    電話越しから訴える聞きなれた声が、体の隅々まで疲れを運んでくる。どちらにせよ、彼等が僕の家から出ない限り僕には安住の地がないのだ。後少しだ。なんとかもう少し頑張って、自分のベッドで何も考えずに寝よう。そう自分を奮い立たせて、返事をする。
    「いいよ。さっきの男は帰ったの?」
    冷たく感情の入っていない声に自分で驚きながら、ふと、ある事に気が付く。僕のベッドは、彼等の情事の床になっていないだろうか・・・。泥のように眠ることだけが希望の僕は、頭を振って妙な妄想をしないことにする。

    「うん、大丈夫。今は私一人で部屋にいるから・・・。」
    それだけ聞くと、無言で携帯の電源を切る。浮気現場を目撃された直後に、その相手と会いたいという彼女の内心がよくわからなかったが、僕が逆上したり、物や人に当たらないことがきちんと計算に入っているのだろう。一年と数ヶ月の間にも、実るものがあったのだ、と皮肉に笑い、家路へ向かう。駅前の本屋から家に向かう途中、件の間男に合わないかとも杞憂したが、野鼠のように行きかう人に神経を張っていた僕をよそに、住み慣れた駅前の商店街は平和そのものだった。

    「おかえり・・・。」
    玄関で待っていたサキさんを一瞥して、僕は革靴を脱ぐ。
    とっくに緩めていたネクタイをテーブルに投げ出すと、無言でベッドに腰掛けて、シーツを触る。

    「大丈夫。緑が嫌がると思って、ベッドは使わないように言ったから・・・。」
    (筆者注:ここでの「緑」は、1000円の男の「仙道緑」ではなく、僕の本名だと思ってください。)
    上目遣いで放たれた言葉に、内心ほっとしたのを隠しながら、僕はサキさんに向かう。

    「それで、話って何?」
    「・・・。」
    サキさんが言葉を選ぶのを、指を組んで待つ。ついこの前までは、それは何気ない恋人の仕草だったのだが。

    「最後だから、ちゃんと聞くよ。言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってごらん。」
    「最後・・・最後じゃない! 私、別れない!」
    徹底抗戦を覚悟するサキさんの強い目を見たときの、僕の疲労感を解っていただけるだろうか。

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    23:58 | トラックバック(0) | コメント(4) | オモイデ | Page Top


    ■2006/07/06(木) キッカケ その6

    「自分のやったことと、僕の気持ちをわかって、そう言ってるの?」
    特に冷静になろうと努めずとも、既に僕には怒る元気も無かった。
    「わかってる・・・けど、ベッドだって使わなかったし、さっきだって、最後までいかなかったんだよ?」
    減刑を求める被告人のように、サキさんは僕に向かって訴え続ける。
    「逆に聞きたいんだけど、なんで僕とそんなに付き合いたいの?一緒にいて、そこまで楽しい人間だとは思えないんだけど。」
    胸の中でビールのように発泡していた、ずっと秘めていた問いが口から飛び出す。派手なことが好きな彼女と、どちらかといえば物静かな僕。何故?という素朴な疑問は持っていたが、まさかそれを伝える日が来るとは思っていなかった。ああ、もう気を使う時は終わっているんだな、と、心の中の理性の部分が再確認をする。
    「そんなに付き合いたいのなら、どうして浮気をしたんだい?」
    という問いは、喉の手前で飲み込んだ。それが、僕なりの最後のプライドだったのかもしれない。

    「だって。サツキとかナナミが、あたし達のことを背が高くて格好良いカップルだって・・・。あたし、そんなこと言われたことなかったから。」

    そう。そんな、こと。

    サキさんにとっては、かけがえのない大切な言葉だったのかもしれない。その価値を伝えるのに表現する力が足りなかったのかもしれない。ただ、その時の僕は自分が洋服やアクセサリーと同じものだと言われたようにしか感じられなかった。そんな友達への外面の為に僕と歩き、恋人として物足りない部分は、先ほどのようにどこかで補っていたのだろう。

    「わかった。もう、わかったよ。後で必ず返事はするから、もう眠らせてくれないか。今日のことは、誰にも言わないから、安心して。」

    床を見ながら悲鳴のように伝えると、サキさんは暫く黙ったまま僕を見つめる。言葉の無い室内で、冷蔵庫が静かに身を震わせていた。
    「ねぇ、いいの・・・?」
    窓の外で電車が通り過ぎた後、サキさんは僕の片腕に両手を絡めてきた。一般的な男性は、怒りと疲れが混じると、性欲になるのだろうか。そんなくだらないことを片隅に浮かべながら、その手を振り払う。
    「お願いだから、今日は帰ってくれないか。」
    視線を合わせることなく告げる僕を困ったように見ると、サキさんは立ち上がり、玄関へと消えていった。

    そういえば、彼女は一度も謝ってないな。

    夢に落ちる前。理性がそんな事実を告げて、煙のように消えていった。

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    22:53 | トラックバック(0) | コメント(7) | エトセトラ | Page Top


    ■2006/07/08(土) キッカケ その7

    サキさんが部屋から去ってからも、僕の生活に大きな変化は無かった。強いていうのなら、材料を使い切ることが出来ないので外食をするようになったことだけだろうか。仕事が忙しかった時期だったのもあったのだろうが、自分に起きたことをくよくよと考える間もなく、別れたばかりにしては明るい気分で、落ちゆく枯葉と共にカレンダーを散らしていった。

    ある、微睡みの日曜日。
    半ば忘れかけていた着信メロディーが、静かに日差しを浴びるカーテンを揺らした。手探りで枕もとの携帯電話を取ると、液晶にサキと表示された携帯電話が、怒りに身を震わせていた。

    「・・・もしもし?」
    軽く咳払いをしてから、電話を取る。
    「ねぇ、緑!?あなた、私とダイスケのこと喋ったでしょ!」
    金管楽器の様な声が、スピーカーの中から僕の鼓膜へと飛び込んできた。
    「ダイスケって誰・・・。」
    左耳に電話を持ち替えて、僕が尋ねる。
    「私が一緒にいた人よ!信じられない。誰にも言わないなんて言っておきながらそういうことするのね!」
    右耳に電話を持ち替えながら、僕は寝起きの頭を働かせる。記憶の中から消えかけていたあの男は、ダイスケというのか。・・・生きていくうえで全く必要のない、素晴らしきムダ知識とは、このことだろう。
    「ねぇ、落ち着きなよ。名前すら知らない男のことを、一体誰に言うっていうんだい。」
    「サツキとナナミによ!なんで私があの二人に説教されなきゃいけないの!?」
    両耳が痛くなってきたので、携帯電話に向き合いながら、僕は考えを整理していた。僕もサキさんも話していないというのなら、ダイスケ君しかいないのでは・・・と、伝えたかったのだが、滝のように注がれる彼女の批判を遡って何かを言うのにはなかなか勇気がいる。
    思えば、付き合っていた頃も彼女が話すばかりだった気がする。こんな所でも、二人は変わらないままなのか・・・と、自嘲的に笑いながら、

    「信じて貰えないかも知れないけどさ、それは誤解だよ・・・。」
    と、情けない声を絞りきって、電波の向こうに何かを伝えようとしたのだが、サキさんの怒声は止まることがなかった。彼女が聞く気にならないと、僕の声は届かないようだ。どうやら電話だと思っていたこの道具は、ひょっとするとトランシーバーなのかもしれない。

    枕元にそっと携帯電話を置くと、唯一の同居人となった観葉植物のパキラを見ながら、僕は「クリーニング屋へ行く」以外の今日の予定を考えていた。

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    ■2006/07/09(日) キッカケ その8

    ひたすら一方的に溢れてくるサキさんの言葉は、のび太君のママの説教の様だな・・・なんて事を気楽に考えながら、僕は枕に頭を乗せて目を閉じる。もう、サキさんに対して特別な感情は全く沸いてこなかった。後少しだけ、話を聞くだけ聞いて、電話を切ろう。それで、終わりだ。そう思うと少し優しい気持になって、サキさんの言葉に耳を傾けた。

    「あなたなんて、私が一緒にいなければ一円の価値もないんだからね、わかってるの?」
    傾けた耳に、いきなり辛辣な言葉が入ってくる。
    僕の、価値か・・・。確かに恋人として魅力がある方ではないのだろう。うっかり聞き流しそうになった言葉が、胸に刺さって留まる。

    その時、何かがチリチリと胸の中で燃え始めたのを、今でもはっきりと覚えている。焦りにも似たこの感情は、悲しみではない。何かを閃いた時の、電流の様な痺れが胸を貫く。

    自分の価値。価値。いくら?時給?

    脳の中の深海で、言葉と言葉のケミストリーが銀色に燃え上がっていく。


    「僕を、○○円で買いませんか?」


    するりと、そんな言葉が頭に浮かんだ。実際に喋ってはいないのだが、電話越しのサキさんに聞かれた気がして、慌てて口を閉じると、僕は顎に手をかけて、閃いたイメージを逃さないように深く考えはじめた。

    ワンコインの方がいいかな・・・百円?千円?一万円?百円は安すぎるか。一万円は、高すぎる。やっぱり、千円だろう。いきなり指を一本だけたてて、女性に声をかけたら、インパクトで足が止まるのではないか。
    サキさんの声が遠くなっているのにも気づかず、僕は形になりつつある「1000円の男」のビジョンを練り始めていた。

    実際に、その言葉を街で歩く女性に使ったのは、それからまた暫くしての話。
    その後、何度かサキさんの友達とは電話で話をしたのだが、サキさんから電話がかかってくることは、二度と無かった。結局、その後ダイスケとも付き合わずに、すぐ全く別の男性と付き合うことになったのだとか。

    サキさんには、もう怒りも悲しみも何も無い。ただ、僕に出来ることがもう少しあったのではないか・・・。1000円の男を経験したからだろうか。今、振り返ってそう思う。1000円の男として出会いたくない人の一人では、あるのだが。

    長くなりました。次回からまた、女性とのエピソードに戻ります。



    よければこちらもお願いします。


    23:13 | トラックバック(0) | コメント(9) | エトセトラ | Page Top


    ■2006/07/10(月) アオイ

    「ねぇ、随分と指の関節が柔らかいのね・・・。」
    喫茶店で、ふと伸びをした僕の手を見て、アオイさんが言う。確かに、僕の指の関節は普通の人よりもずっと柔らかい。母親からの遺伝で、小指と人差し指なら手の甲にくっつく寸前まで反り返るのだ。
    「うん。他の関節は固いんだけどね。指だけはグニャグニャに曲がるよ。」
    そう言って、僕は小指の第一関節を90度近く曲げてみる。
    「へー、すごいすごい。痛くないの?」
    半ば気味悪そうに、アオイさんは僕の手を覗き込む。
    「大丈夫だよ。中学生くらいまで、これが普通だと思ってたんだけどね。他の人が曲がらないのに気付いたのは、結構ショックだったなぁ。」
    そう言って、僕はアオイさんと手を合わせる。一回り大きい僕の掌が、アオイさんの小さくて暖かい手を包む。

    「指も結構長いのね。うわ、手相がなんか複雑だよ?」
    裏返したり擦ったりして、アオイさんはしげしげと僕の手を観察する。少しくすぐったいものの、特に嫌な気分ではない。力を抜いて、好きなように遊ばせてみる。

    「あ、爪が綺麗。」
    僕の左手を持ち上げるようにして店内の照明に当てると、アオイさんは大切なものを見つけたように呟く。
    「綺麗?そうかな。」
    預けていないほうの右手をよく観察してみる。いつもの、見慣れた指先だ。男性の方の殆どがそうであるように、僕は爪さえ伸びていなければ・・・という判断でしか、自分の手指を見たことが無かった。冬に肌が荒れても、ハンドクリームを塗ったこともない。
    「うん。タバコも吸わないし、マニキュアとかも塗ってないでしょう。病気もしてないみたいだし・・・可愛い爪してるよ。」
    「そっか・・・。この爪、綺麗だったんだね。」
    自分ではきっと、一生表現できなかった言葉をかけられた自分の指を、少し複雑な気分で見つめる。

    「うん。で、ブルーがいい?ピンクにしとく?あ、癖になったらゴメンね。」
    そう言って、アオイさんはニコニコしながら自分のポーチを取り出し始める。
    「え?」
    「それだけ綺麗なんだから、マニキュアしてみなきゃ爪が可哀想だよ?」

    ・・・そういうものなのだろうか?


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    ■2006/07/11(火) アオイ その2

    あまり乗り気でない僕をよそに、アオイさんはポーチからマニキュアに使うだろう道具をいくつか取り出し始める。女性のポーチには、こんなに沢山の物が入っていたのかと感心しながら、見慣れない物ばかりがテーブルに並べられていく様を、僕は魔法の品を見るかのように、こわごわと見守っていた。
    「これが、ベースコート。これがマニキュア。どの色にする?これがトップコート。」
    楽しそうに秘密道具の数々を広げるアオイさんに観念すると、僕はアオイさんへ店内で一番奥の席へ移動することを提案した。匂いに不快感を感じる人がいるだろうし、人の目をできるだけ減らしたいというのも、小さな本音だった。
    「そだね。さすが、わかってるねー、仙道さん。」
    そう言うと、アオイさんはトレイの上に、今散りばめた道具をありったけ乗せて奥の席へと移動する。
    「今日一日、言うこと聞いてくれるんだよね。なら、寝るときまで取っちゃダメだよ。」
    嬉々として笑うアオイさんにハイハイと頷いて、僕は恐る恐る左手を出す。
    「女性みたいに長く伸ばしてないから、そう綺麗には塗れないと思うけど・・・。お願いします。」

    「そうねー。お姉ちゃんにまかせて!あたし、人に塗るの好きだから。可愛くプロデュースしちゃうよ!」
    そう言って、アオイさんは色の付いた瓶を手に取り、嬉しそうに笑う。
    「で、仙道さんは何色にしたいの?ラメとかネイルシールでモリモリいっちゃう?」
    「よくわからないから・・・程々でお願いします。色はって・・・、その瓶の色じゃないの?」
    そう言って、僕はアオイさんの持っている瓶を見る。
    「え?ああ、これは違うのよ。これは、ベースコートっていって、マニキュアを塗る前に塗る下地。」
    そう言って、アオイさんは瓶のキャップを開けると、僕の左手を取って、嬉しそうに小指にベースコートを塗り始めた。僕はいかにも男性らしい感じの顔つきではないが、それでも180cmを超える男が、喫茶店の奥で隠れるようにして女性にマニキュアを塗ってもらう姿は、弁明に苦しむものだろう。人生、色々あるなと思いながら、右手をテーブルについて、頬をつく。

    「あたし、弟ができたらこういうことしようって、ずっと思ってたんだ。」

    僕より年下であろうアオイさんが、嬉しそうに呟く。妹じゃないの?という言葉をぐっと飲み込んで、もし、弟が実際に産まれていたのなら、少し女性恐怖症になっていたのかもしれない・・・と思う。次第にツヤを纏いつつある自分の爪を見る僕は、存在しないであろう彼女の弟を空想し、彼の悲劇に少しだけ笑みを浮かべた。


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    ■2006/07/13(木) アオイ その3

    やがて、小指にだけベースコートを塗ったところで、アオイさんが上目使いで僕を見つめる。電車内の吊り広告でしか見たことがなかったが、これが、小悪魔的視線というものだろうか。
    「仙道さん、何色にしたいの?ピンク?ブルー?シルバー?」
    知識がゼロに近い男には、中々酷な質問だ。暫し腕を組んで悩んだが、何を悩んでいいのかもわからなかったので、僕は適当にブルーを選ぶことにする。
    「へぇー。なんでブルー?」
    嬉しそうな顔で、アオイさんが尋ねる。
    「いや、深い理由はないんだけど・・・。自分はピンクってイメージじゃないし、シルバーより目立たないかなと・・・。後、男だからピンクよりは青かなって。」
    「へぇ・・・男の子だから、ピンクよりブルーかぁ。なんか、可愛い理由だね。でも、目立たないって言うのならピンクが一番目立たないのに。」
    「あ、そうか・・・。ピンクが一番肌色に近いのか。」
    若干気付くのが遅かった獲物を逃ぬように、アオイさんは僕の手首を掴んでキャップを開ける。
    「仙ちゃんとあたしでお揃いのピンクにしたかったけど、男の子だもんねー。ブルーにしようか。」
    「仙ちゃん・・・。」
    ちゃん付けで呼ばれるのは何年ぶりだろうか。感慨と存外が入り混じった声で、オウム返しに呟く。抵抗の気持ちを表したい気もしたが、アオイさんは姉という役を心から楽しんでいるようだ。自分から役になりきるのには少々抵抗を感じるが、彼女が胸に何かを描くのあえて止める気はしない。アオイさんは、僕の爪にふっと涼しい息を吹きかけて、筆を取りはじめた。
    「仙ちゃんは、なんでこんなことしてるの?」
    僕の指先から目線を逸らさずに、アオイさんが聞く。マニキュアを塗っているからか、本当に理由を知りたいからか、その表情は真剣だ。

    「なんでだろうね。退屈に退屈したからかな。」
    そう曖昧に答えて、僕は店内を見回すと、ペーパーバックを読む年配の女性が、つまらなそうにタバコの煙をふかして、僕と目を一瞬合わせる。茶色の大きいサングラスの奥で、チラリと僕の手元を見た気もするが、特に表情を変えずに手元の本の世界へと戻っていった。

    大丈夫。僕は緊張も、動揺もしていない。
    1000円の男としてなら、奇異の視線も耐えられる。そう自分に言い聞かせて、「つまらない男」は随分と驚く事を色々やってきたのだ。

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    ■2006/07/13(木) 

    折角早めに帰宅したのですが・・・
    風邪の為、今日はお休みします。申し訳ありません。

    皆様も、夏風邪には気をつけてくださいね。

    1000円で、看病してくれる人・・・いたらいいなと思いつつ。

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    ■2006/07/14(金) アオイ その4

    「退屈に退屈した・・・ねぇ。なんか難しいこと言って、ごまかそうとしてない?」

    「そんなことないよ・・・。」
    そう言って、僕は弁明の為に1000円の男をはじめるキッカケをアオイさんに話し始める。口下手な僕が思ったとおりの気持ちを伝えられたのかは疑問だったが、骨子は伝わったと思う。

    「そっかー、そんなことがあったの・・・。」
    片手で身振り手振り話しをしている間にアオイさんは左手の小指のマニキュアを塗り終え、右手の小指に差し掛かっていた。

    「まぁ、この趣味のおかげで、今は独り身も寂しくなく過ごしている・・・かな?」
    そう締めて、僕はわざとらしく首を傾げる。
    「・・・嘘ばっかり。」
    僕の目を見ずに、アオイさんが呟く。

    今日も明日も仕事なので・・・短めです。申し訳ありません。今日の記事は後日推敲しなおすかもしれません。

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    ■2006/07/16(日) アオイ その5

    やがて、少しずつ僕等の会話は先細りになり、店内の喧騒に飲み込まれていった。アオイさんは真剣な表情で刷毛で僕の指先を撫で続け、僕は気恥ずかしさを隠しながら、店内の人たちを観察していた。
    「さ、できたよ。」
    そう言ってアオイさんが顔を上げたとき、僕の水色に塗られた左手の小指の中の海に、一つだけ星が浮かんでいた。
    「ん、全部の指は塗らないの?」
    「うーん、塗ってもいいけど、人差し指とか親指とかは相当目立つよ?」
    そう言って少年のように透明に笑うアオイさんの言葉に従い、僕のマニキュア初体験は終わった。プラスチックのように不健康で、どこか真面目な色に塗られた僕の両小指が、店内の照明に驚くように光っていた。



    「除光液、コンビニで買うのを忘れないでね。」
    別れ際、財布から1000円を取り出してアオイさんが言う。
    「そうだね。これで出社したら、周りになんて言われるか・・・。」
    「注目の的になるかもよ?」
    そう言って、アオイさんが微笑む。この日何度も見た、悪戯っぽい笑顔も、ここで踵を返した瞬間に思い出になる。胸が詰まるような気持ちを抑えながら、アオイさんの肩に置いた手をゆっくりと離す。
    「意外と、誰にも気付かれないかもね。あんまり目立つキャラじゃないから。」
    「へぇ・・・。そうなんだ。でも、自分で気付いていないだけで、意外と目立ってるのかもしれないよ?」
    「そう・・・なのかな。目立たない、地味な人間だと、自分では思っているんだけれど。」
    「だって、私といるときの仙道さんはとても明るいじゃない。地味だなんて信じられないよ。」
    そう言って、アオイさんは地下鉄の階段を一段登る。丁度、僕と目線が同じくらいの高さになると、僕の目を見つめながらそっと呟く。

    「私の知らない顔を沢山持っているのね・・・。って、今日会ったばかりだから当然なんだけど。」
    僕は、返事の代わりに少し目を瞑るだけで、何も言わない。この先、アオイさんが言う言葉が想像つくから、何も言えないのだ。
    「ねぇ、よかったら・・・」
    と、口を開くアオイさんの唇に人差し指を当てると、暗い街に光る小指を彼女に見せて
    「マニキュア、ありがとう。」
    とだけ言って、アオイさんの顔の前で手を振る。くしゃくしゃになりかけたアオイさんの視線から逃れるようにして踵を返し、ゆっくりと地下鉄の階段を下り始める。女性に背を向けたら、なるべく振り返らないことにしている。連絡先も、携帯電話の番号も知らない。そんな悲しく綺麗な別れほど、きっといい思い出になるのだ・・・そんな、都合のいい言い訳のような思い込みで、僕は1000円の男を続けているのだ。

    さようなら、アオイさん。1000円の男に、星をつけてくれてありがとう。

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    ■2006/07/18(火) ゴジツダン

    アオイさんと別れ、地元の電車から降りたとき。僕は定期券を取る自分の手を隠しながら、コンビニへとまっすぐ向かった。
    普段、素通りするだけの化粧品コーナーが今日は頼もしく見える。

    「除光液・・・除光液。」

    夜も遅くなりつつあり、明るい店内には、男性のアルバイトと月曜日に発売される新刊の雑誌を立ち読みする幾人の客しかいなかった。僕は腰を落として除光液を探したのだが、煌びやかな商品棚のどれが除光液なのか、見当がつかなかった。専門用語で固められた取扱説明書を読んだ様な手探りの状態で、あれでもないこれでもないと商品を探すのだが、下手をすると、除光液を買おうとして新しいマニキュアを買ってしまいそうな予感すらした。
    店員に聞こうとも思ったのだが、この店内でマニキュアに詳しそうなのは店内放送の秀島史香さんだけだ。それに、このコンビニにはこれからも毎日通うのだ。「マニキュアの人」なんてあだ名は出来れば避けたい。

    暫く棚の前で悩んだ後。僕は、ふとある事を思いついて、コンビニを後にし、自宅へと向かう。
    確か、自宅の収納の片隅にサキさんのポーチがあったはずだ。未練や思い入れがあるので取っておいたのではなく、ただ取りにくるかな?と思って放置して、そのままになっていたものだったが、記憶が正しければその中に除光液があったはずだ。

    部屋に戻り、少し緊張しながら何故か正座でポーチを開けると、記憶の残滓となっていた数々の化粧品が久しぶりに蛍光灯を浴びる。これは確か違う。これはまつ毛をなにやら固めたりするものだ・・・と選別していくと、やがてプラスチックの小瓶で手が止まる。ネイルリムーバーと書いてある瓶の説明文を頭上にかざして読むと、かすれかかった文字で除光液とも書いてある。

    除光液とは、ネイルリムーバーのことだったのか・・・。それなら、さっきコンビニで見た気もする。
    なんて事を思いつつ、床に腰を下ろしてコットンに除光液を染み込ませる。昔の女性の持ち物で、今日会った女性との思い出を削ぐ。サキさんが嫉妬しているとは、とても思えないのになと苦笑しつつ、僕はマニキュアを落とし終えた、小指を見つめていた。

    連休も終わりです。明日からマニキュアを塗りなおすという人は、応援のクリックをしていただけると嬉しいです。

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    PS:このサキさんのポーチは今も僕の部屋にあります。捨ててもいいのか、捨てるのは失礼なのか・・・ どうしたらいいのでしょうか?コメントお待ちしております。
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    ■2006/07/18(火) ナガアメ

    太陽の疲れとを落とすかのように、毎日雨が降り続ける季節。

    天気予報を信じなかったのか、傘をもてない事情があったのか。駅の構内から黒く染まった空を見つめる女性がいた。大粒で地面を叩くこの雨は、おそらく狐の嫁入りだろう。いずれ雨が止むのを待っているのか、傘を持って迎えに来る人を待っているのか・・・物憂げに携帯を操作する姿からは、判断が出来なかった。
    ふと、「傘を貸したら迷惑かな?」という考えが浮かんで、そんな自分の考えに驚く。見知らぬ人に、傘を貸す。勿論、連絡先なんて聞くつもりも無い。
    ただ、人が困っているようなら傘を貸す。そんな気障な人間になるつもりも、なりたいと思ったことも無かった。そんなことは、本の中の主人公かテレビCMの誰かががすることで、自分の行動にはまずないであろうこと・・・そう思っていた。
    どうしたのだろう、僕は。心がそうそう変わる年頃でもないと思っていたのだが。
    この変化が悪いものかいいものか、よくわからない。だが、心当たりがあるとすれば・・・1000円の男と、このblogの影響だろう。そもそも、以前の僕が知らない女性に声をかけられるとは、僕自身思っていなかった。

    霖(ナガアメ)がシトシトと紫陽花の色を変えていく。僕は、初恋をした少年のように、自分の中の花の色と形が変わっていく感覚に戸惑っていた。

    やがて、ぼやぼやしている僕を待たずして、車のクラクションと共に付いたRV車が彼女を迎えに到着する。雨に疲れた女の子は、少し眠そうにお礼を言うと、助手席へと乗り込んでいった。車がたてる水しぶきの音が妙に耳に残りながら、僕は家路へと向かった。

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    ■2006/07/19(水) サチコ

    「一日千円で、お暇でしたら僕を買いませんか?」
    相変わらず続く曇り空の日。僕が人差し指を立ててそう声をかけると、サチコさんは立ち止まったまま、キョトンとした顔で僕を見つめた。
    「あら、こんなおばさんでいいのかしら?」
    と、黒く長い髪をかきあげて言う仕草は、とてもその発言とは似つかわしくなかった。30前半・・・といったところだろうか?確かに僕よりは年上だろうが、まだ人におばさんという言葉を使われる歳ではないだろう。第一、1000円の男をやっている以上、おばさんなどという言葉は禁句の最右翼だ。

    「そんなことないですよ。あ、言っておきますけど、ホストとかじゃないですからね。」
    そう言って、僕は1000円の男の説明を始めようとする。ラフな格好をしていたので間違えられはしないと思うが、実際に間違えられることもなくはない。一応、念のためだ。
    「あら、そうなの。てっきり、うまれて初めてホストに話しかけられたと思ったのに・・・。まぁ、なんでもいいから、お茶しましょう?」

    退屈を持て余していたのだろうか。サチコさんは僕が誘導するよりも早く、僕がいつも使っている喫茶店を指差していた。

    「ええ、喜んで。」
    さりげなく指輪をしていない事を確認して、僕は喫茶店のドアを開けるためにサチコさんの先を歩き始める。駅に流れる人の洪水から非難するように、知り合ったばかりの二人の男女が喫茶店に入っていった。

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    ■2006/07/21(金) サチコ その2

    アイスコーヒーにミルクを一杯だけ入れて、サチコさんはストローで白い渦を溶かしていく。グラスの中心に吸い込まれていく白い線につい目を引かれていると、サチコさんが低い声で尋ねてきた。

    「それで・・・なんでしたっけ。1000円の男?」
    はっと我に返り、僕はサチコさんの目を見て、答える。
    「ええ。今日一日、1000円であなたの好きな事をしますよ。ただ、犯罪や不可能なことは除きますけど。」
    いつもの喫茶店のいつもの席で、いつもの台詞を女性に言う。
    「ふーん。1000円で買いませんか?っていうから、てっきり変なお誘いかと思ったけど、意外と真面目な活動・・・なのかしら?」
    そう言って、サチコさんは長い長いタバコに火をつける。
    「そうですね。真面目といえば、真面目かもしれません。望まれない限りは、手すら繋ぎませんよ。実際、そういう人もいましたし。」
    「へぇ・・・他にどういう人がいたの?私で何番目?」
    興味深そうに聞いてくるサチコさんの為に、僕はメモ帳を開く。
    「何人かはちょっとわからないですけど・・・色々なことがありましたよ。髪の毛を切って貰ったり、マニキュアをしたり、女子高生とプリクラをとったり、銀座の女性と話をしたり・・・。」
    僕がメモ帳のページをめくって一つ一つ挙げていく話を、サチコさんは無表情に聞いている。僕はその顔を見て、他の女性の話は楽しくないのかなと思いメモ帳を閉じると、

    「面白そうね。具体的に、色々聞かせてよ。」
    と、赤い口紅の隙間から意外な言葉が聞こえてきた。僕は素直にその言葉に肯くと、喉を湿らせるためにカフェオレを一口飲んで、メモ帳の最初のページから、思い出の一つ一つを語り始めた。
    サチコさんは、魅惑的な足を組みなおして、湿度の高い視線で、僕を見つめている。

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    ■2006/07/22(土) サチコ その3

    一つ一つ語られていく思い出の数々を、サチコさんはテンポ良く相槌を打ちながら聞いていた。あまり話し上手ではない僕がすんなりと話をまとめられたのは、サチコさんが聞き上手なのと、吸い込まれそうな黒い目で僕の背中を縛り付けたからだろう。

    「そうなんだ。色々なこと体験してるのね。」
    話が一段落付いたところで、サチコさんは煙草を揉み消しながら口を開く。
    「そうですね。1000円の男をやっていなかったら、体験できなかったことばかりかもしれません。」
    そう言うと、サチコさんは深く頷いた後、頬をつきながら少し考え始めた。

    「ふーん・・・ねぇ、私のお願い決まったよ。」
    やがて、中空を見ながらサチコさんが口を開く。
    「そうですか。別に一日一回じゃないんですから、じっくり考えてもいいんですよ。・・・で、どんなことでしょう?」
    「何かね、私も仙道君の記憶に残りたいなって、思ったの。」
    「記憶・・・ですか。」
    「うん。髪の毛切ってもらったり、マニキュア塗ったりしたら絶対記憶に残るじゃない?」
    「うん・・・そうかな?一応、今まで会った人たちは全員覚えているつもりですけど。」
    「ダメダメ。メモ帳に残るような記憶じゃ、ダメなのよ。」

    サチコさんの身振り手振りに、少し力が入ってきた。段々と緊張が解けて、本調子になってきたのだろうか。
    「いい、思い出っていうのはね、呪いなのよ。」
    「呪い・・・?」
    物騒なサチコさんの言葉に、眉をしかめる。
    「そう。ある場所についたり、何かを食べたり、ある音楽を聴いたりしたとき、必ず誰かを思い出すことってあるでしょう?それが、その人の『忘れられたくない』っていう呪いなのよ。」
    「・・・なるほど。」
    感覚はともかくとして、頭では理解出来る話だ。
    「だから、私もあなたに呪いをかけたいの。その条件が整ったら、思い出さずにはいられないような、強い呪いを、ね。」

    そう言って、サチコさんはにっこりと微笑んだ。呪い、か。その嬉しそうな笑顔を見ると、あながち冗談とも思えない。年の功なのだろうか。何気なく会話をしているようでも、どこか上手にコントロールをされている気がする。・・・最も、口が裂けてもいえない事ではあったが。

    「それで、したいこととは・・・なんでしょう?」
    恐る恐る、僕が尋ねる。

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    ■2006/07/23(日) サチコ その4

    「そうね、メイド喫茶とかはどう!?」
    「・・・」
    「・・・」
    期待に輝くサチコさんの瞳を見ると、嘘でもいいから言ったことがないと言おうかな?という気持ちになったが、嘘がバレたことを考えて正直に答えることにする。
    「ごめんなさい、さっき言ってませんでしたけど、メイド喫茶にはもう行きました・・・。」

    そう言って、僕はヨウコさんのことを思い出す。なるほど、僕はこれから先、メイド喫茶という言葉を聞くたびにヨウコさんの事を思い出すのかもしれない。これが、サチコさんの言う呪いというものか・・・と、一人納得する。

    「えっ、そうなの。いいアイディアだと思ったんだけどなぁ。先に取られてたかぁ。」
    サチコさんは残念そうに呟き、頭を抱えた。褐色のグラスについた水滴が、彼女の苦悩を体現しているようだった。
    「そうね・・・それじゃあ、どうしようか。何か強烈なことしないと、私なんかすぐに忘れられちゃいそうだしねぇ。」
    「そんなこと・・・」
    ないですよと言いかけた瞬間、サチコさんが何かを閃いたように、顔をあげる。
    「そうだ、下着売り場とかは行ったことある?」
    再び、輝く瞳で僕に尋ねる。
    「女性の?」
    「勿論、女性の。」
    「一人で?それとも、女性と同伴で?」
    「・・・一人で行ったことあるのって、変態な人じゃないの?行ったことあるの?」
    「いえ、建物の中で通り過ぎた以外は、足を踏み入れたことも無いです。」
    「そう、じゃぁ決定ね。忘れられない体験になるといいわね。」
    そう言って、サチコさんはグラスについた水滴を紙ナプキンで拭き取った。

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    ■2006/07/24(月) サチコ その5

    煌々と輝く女性のマヌカンが、魅惑的なボディラインと色とりどりの下着を見せ付けている。心なしか下着売り場は周りの婦人服売り場よりも照明が明るく、黒のシャツを着て立ちすくんでいる僕は、誰がどう見ても場違いだった。スニーカーの中でつま先をぎゅっと丸めて、何故僕がここにいるのかをつくづく不思議に思う。

    「さ、入るのよ。」
    そう言ってサチコさんは慣れた様子で僕の腕に捕まる。もっとも、この場合は僕を捕まえたといったほうが、二人の力関係からすると正しいのだろう。

    さて、カップルで下着を買いにくる客は、どれだけいるのだろうか。下着売り場の女性に声をかけることがあったら、是非聞いてみたい。何せ、今のところ僕は自分以外にそんな男性を知らないのだ。誕生日に女性に下着を送るというのは、都市伝説の類なのだろう。
    さほど大きくない店内に男性は僕一人で、辺りを見回すとネグリジェのようなナイトウェアからブラジャーまで、色々な品揃えが隙間なく置かれている。まさに、目のやり場がないとはこのことだ。

    「ねぇ、結構恥ずかいの?」
    実に面白そうに僕を観察して、サチコさんが尋ねる。その甘い声は、天井の蛍光灯を数えている僕に向かって、放たれているのだろうか。
    「いえ、別に。所詮肌着ですから、物体に特別な興味は・・・」
    と、冷静を装って言ったところで、サチコさんは組んだ腕をぎゅっと押し付けてきた。店内のマヌカン達に張り合う大きさと、人間にしかない柔らかさが肘に伝わる。
    「私のカップ数とか、わかる?」
    背伸びをして、耳元でくすぐるようにサチコさんが話しかけてくる。
    「えっ、いや、その・・・。」
    不覚にも言葉に詰まってしまった僕を見上げて、サチコさんは実に嬉しそうな笑顔を見せた。
    「なんだ、意外とプレイボーイじゃないのね。顔が可愛いから、色々な女の子を騙しているのかと思ったんだけどな。」
    ・・・女性は、30歳を過ぎたら誰でもこんな手練手管になれるのだろうか。

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    ■2006/07/26(水) サチコ その6

    1000円の男なんてやっているのに、仙道は打たれ弱いのではないかという人もいるだろう。言い訳をさせてもらうのなら、場所が男性にとってのアウェイであったことが、何よりも大きかった。女性専用車両でスポーツ新聞のアダルト欄を見れるような男性ではなければ、あの空間で平常心を保つことは難しいのではないだろうか(もっとも、平常心であっても女性のカップ数はわからないのだが)。

    組んだ片腕を操縦桿にして、僕を引きずるようにあちこちの色々な下着を見て回るサチコさんと僕には、終始レジからの店員の視線が付きまとっていた。二人でいるから話しかけはしないが、何か買う気配は濃厚だ。他の客の迷惑になるようならやんわりと注意を・・・というスタンスだろうか。僕としては、肩に刺さる視線が一つ増えるだけで、プレッシャーがより重くなったのだが。

    「これなんてどう?上下セットで三万円だって。」
    そうサチコさんが指差す先には、聞いた事も無いブランドの黒い下着が飾ってある。確かに魅惑的なデザインかもしれないが、生地が少なくなるにつれて値段が高くなるのは、どうしてなのだろう。下着から視線をそらすために、サチコさんに聞いてみる。
    「逆よ。生地が少なくなるから、しっかり作らないとすぐダメになっちゃうんじゃない。」
    「なるほど・・・そんなものですか。」
    素直に納得しつつ、もう一度棚の上に飾られている三万円セットを見上げる。隠すと隠さないのせめぎあいを一枚で表現する、この黒い下着が特別に見えるのは、「脱ぐために着る」物だからだろうか。
    「後は、ブラのワイヤーとかがきちんと設計されていたりね。高い下着はやっぱり付け心地が違うのよ。」
    サチコさんの下着講座は続く。日常生活に関わる下着一つをとっても、男性と女性には深い知識の隔たりがある。また、知識を得たとしても男性にはそれを体験する機会がない。

    男性には言えないけど、わかってほしいこと。

    そんな微かなサインを、僕は今までいくつ見逃してきたのだろう。文化の違いを目の当たりにした僕は、ポケットに穴が開いていたような、取り返しのつかないことをしてしまったような、そんな軽い絶望感に襲われた。下着売り場の中心で、男性代表として勝手に申し訳ないような気持ちになってきたのは、やはり場所が男性にとってのアウェイだからだろうか。


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    ■2006/07/27(木) サチコ その7

    結局、色々と(僕を連れまわして)悩んだ末に、サチコさんは上下3万円セットの黒い下着を購入した。メンズのトランクスならそのまま袋に入れるだけだが、女性の下着は見たことの無いくらい丁寧に包装されていた。(もっとも、メンズでも3万円の下着を買えば別なのかもしれないが・・・)。
    「さて、出ましょうか。どう?いい思い出になった?」
    買い物袋を腕に提げて、サチコさんが笑う。記憶がいつから思い出になるのか、僕にはわからなかったが、頷いて買い物袋へ手を伸ばす。
    「いいのよ。重くないし、下着を持たせるのは悪い気がするわ。」
    そう言って、サチコさんは頭を振る。
    「つき合わせてごめんね。女の買い物は長かったでしょう?」
    今度は、僕が頭を振る番だ。最初に喫茶店に入ってからまだそれほど時間が経っていない。疲れてはいなかったが、所在なく立っているのは嫌だったので、デパート内のベンチにサチコさんを誘導し、膝を並べて話す。肩が触れ合う位の距離に座ると、あらためて香水の仄かな匂いに、胸を燃やされる。

    「本当なら、この下着を脱がせるところまでさせるところだけど・・・流石に、そこまですると旦那に悪いかな。」
    そう口火をきったのは、サチコさんだった。
    「旦那さん・・・いるんですか。」
    そう言って、僕はサチコさんの指を見る。指輪をしている人には声をかけないという決まりはなかったが、確かサチコさんは指輪をしていなかったはずだ。
    「うん、ちょっと遠いところにいるけどね。」
    電流のような暗い感覚が、後頭部から背筋にかけて走った。これ以上は、この話題に触れてはいけない。そんな気がして、話題をわざと明るいほうへ持っていく。
    「残念ですね。どうせなら手を使わずに下着を取る方法とかも、教えて欲しかったのに。」
    僕が悪戯っぽく笑うと、サチコさんも
    「だめよ、折角買ったばっかりの下着なのに。歯形がついたら大変じゃない。」
    と、笑顔を返してくれた。辛い話題に踏み込まない、少し卑怯な大人のキャッチボールを、サチコさんは上手に返してくれる。

    やがて、少しの沈黙の後、僕達は無言で立ち上る。僕は駅の改札までサチコさんを見送り、笑顔でサチコさんと別れた。時間にしてみれば二時間程度の短い出会いだったが、サチコさんの呪いは、僕の胸を今この時もくすぐり続けている。僕の呪いは・・・サチコさんの下着に移っているのだろうか?

    さようなら、サチコさん。愛のような呪いを、ありがとう。

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    16:44 | トラックバック(0) | コメント(5) | オモイデ | Page Top


    ■2006/07/28(金) ユクエ

    別れ際、僕は道の端で目立たないように、女性から1000円を貰う。一部の例外はあるものの、お金の支払いでトラブルになることは少ない(多目に払おうとする女性もいるが、それは基本的に断っています)。

    ところで、仙道緑は女性から受け取った千円札をどうしているのだろうか。

    観葉植物だけが待つ家に帰り、1000円の男からただの男へと戻った僕は、昨日と同じ高さの天井へ向かってため息をつくと、財布の中から混ざらないように浅く入れた千円札を取り出し、テレビの上に置いてある豚の貯金箱へと入れた。ふくよかな丸みを帯びた、ピンク色の貯金箱の背中には、

    「目指せ!100万円で世界一周!」

    と書いてある。


    ・・・というのは、嘘です。実は、頂いたお金はその日か次の日には使うことが多いのです。帰りの電車で、その日起きた出来事をメモ帳に書く頃には、貰った1000円札は財布の中で他のお札と紛れているのが普通です。
    薄情と言われると言い返せないのですが、そもそも1000円札は女性の足を止めるためのカードなのであって、金額を溜めることは目的ではありません。確かに、くしゃくしゃに握り締められたり、涙に塗れたりした1000円札に少し残るのも、事実なのですが・・・今から一枚ずつ集めるのも、なんだか今までの人と分けているようで気がひけるのです。

    折角blogという形で皆さんとコミュニケーションが取れるので、何かこうすべきだというご意見があれば、お待ちしております。

    薄情だと思う人もそうでない人も、クリックをしていただけると嬉しいです。

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    名前の募集僕への質問も、良かったらどうぞ。
    23:40 | トラックバック(0) | コメント(3) | エトセトラ | Page Top


    ■2006/07/30(日) アヤノ

    「今晩は。もしよければ、今日一日僕を1000円で買いませんか。」
    粘るような湿気が肺の奥まで満たされるような6月のある土曜日。僕は一人の小柄な女性に声をかけた。
    「え!?いえ、すいません・・・。」
    手のひらを僕に見せ、明らかに拒絶のサインを出す女性の後姿に、
    「なんでも、しますよ。」
    とだけ声をかけて、僕は足を止めた。僕は知らない男性であり、女性からは恐怖の対象になるのだ。話をしてくれる成功率は下がるのだろうが、あまり深追いはしないようにしている。

    駅から少し離れてきたので、人通りの多い改札前へ戻ろうと踵を返す。
    駅へと戻るその前に、なんとなく今の女性の後姿を目に焼き付けようとして後ろを振り返ると、雑踏に飲まれそうになりつつ、立ち止まってこちらを見ているアヤノさんと初めて目が合った。

    もしかしたら、いけるのかもしれない。そう思って、再び僕はアヤノさんの方へと歩き始める。僕が近づいてくるのを見ても、アヤノさんは鞄を盾のように抱きかかえ、逃げ出さずに立っていた。

    数え切れないほどの人々が行きかう道の真ん中で、アヤノさんは中州の様に孤独に立っていた。手を伸ばせば触れる距離まで近づくと、僕は笑顔で
    「一日1000円。犯罪や、どうしても無理なこと以外はしますよ。」
    と、話しかけた。

    黒い髪、薄い化粧、小柄な体。見た目からはおとなしい性格に見えるアヤノさんの表情は、まだ固かった。

    ランキングから沢山の人がきてくれて、嬉しい限りです。もしお手間でなければ、クリックをしていただけると嬉しいです。

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    ■2006/07/31(月) アヤノ その2

    「とりあえずは、喫茶店で話だけでも聞いてくれませんか?もしそれでお気に召さなければ、断ってくれていいですし。」
    あまりこちらを見てくれないアヤノさんの目を見ながら、僕は近くの喫茶店を指差す。空に星が無い代わりに、この街は喫茶店に欠かすことだけは無い。
    「・・・はい。」
    アヤノさんがおずおずと頷く。まだ警戒心は解けていないが、話を聞いてくれるだけでも大きな前進だ。一度話を断られてから、こうして喫茶店まで進めたのは珍しいことなので、少し嬉しく思いながら喫茶店のドアを開けて、アヤノさんに店の中へと入ってもらう。

    アヤノさんはオレンジジュースを、僕はいつも通りのカフェオレを頼んで、少し奥の方にある向かいの席に着く。
    「さて、まずは話を聞いてくれてありがとう。とても嬉しいです。言っておくけど、何か怪しいツボとか買ってもらうとかじゃないし、ホストでもないからね。これは、ただの個人的趣味なんです。」
    そう言って、僕は1000円の男について説明を始めた。途中何度か相槌を打っただけで、アヤノさんからの言葉が無かったのが少し気になったが、特に問題なく最初から最後まで、1000円の男のなんたるかを説明しきれた。

    「・・・何か、質問はありますか?」
    適当な冗談を言いつつリラックスしてもらおうと思っても、アヤノさんの態度は一向に崩れない。彼女の雰囲気に合わせて、あまり明るくしすぎずにゆっくりと落ち着いて言葉を言うようにしているのだが、どうも効果はないようだ。

    「普段なんとなくこうして欲しいな・・・と思っていることとか、一日中凝った肩を揉ませるとか、何かしてほしいことがあったら、この機会に是非言ってみては?」
    そう言って、僕は組んでいた手のひらを解いて、天井へと向ける。笑顔もボディランゲージも、いまひとつ暖簾に腕押しといった感が否めない。もしかすると、断られるかもしれない・・・微かにそう思った時、ようやくアヤノさんの口から言葉が発せられた。

    「あの・・・」
    「はい、なんでしょう。」
    笑顔で頷いて、言葉を促す。

    「どうして、私なんですか?」
    「・・・どうして、というのは?」
    意外な言葉を聞き返して、僕は頭の中のギアを上げる。どうやら、真剣な質問のようだ。
    「だって、もっと綺麗な女の人はいるでしょう?私みたいな人じゃなくても・・・」
    そう言って、静かにアヤノさんは目を伏せた。

    この質問は、彼女にとってとても重要な言葉なのかもしれない。一気にギアをトップまで上げて、僕はフル回転で質問への答えを準備し始めた。

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