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仙道緑(1000円の男)
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    ■2006/06/01(木) ヒロコ その4

    「あなた、太りたいの?」
    「ええ、その時はそう思ってました。今は、別にどうでもいいですけど。」
    「・・・ちょっといいかしら。」
    そう言うと、ヒロコさんはソファから身を乗り出して、僕の胸からお腹までを、ゆっくりと擦った。
    「仙道さん。」(この日も、僕は仙道と名乗っていた。)
    僕の目を見ながら、ヒロコさんが口を開く。
    「はい。」
    僕が答える。
    「悪いことは言わないから、その話は女の子には言わないほうがいいと思うわ。」
    静かにため息をついて、ヒロコさんが言う。
    「そうですか・・・?太ることができないというのも、結構悲しいんですけどね。」
    「・・・まぁ、わざと言っているんじゃないから、それを言ってもなんとなく許されるような気がするけど・・・。」
    そう言うと、ヒロコさんは次のタバコを取り出し、火をつける。
    「でも、女性物のスカートが入った時はショックだったなぁ。そのスカートを履かれた女性は、もっとショックだったみたいですけど。」
    「あなた・・・ひょっとして、わざと言ってる?」
    ヒロミさんが、眉間をしかめて聞いてくる。
    「少しだけ。」
    ニヤっと笑って僕が言うと、ヒロコさんは一度瞬きをした後、無表情のまま、タバコを持つ手で店員を呼ぶブザーを押した。
    「フライドポテトと、ソーセージの盛り合わせ一つ。」
    慌てて飛んできた店員が口を開く前に、ヒロコさんが注文をした。若い男性の店員は、ヒロコさんの顔をチラリと見ると、来たときと同じようなスピードで、飛んでいった。

    「私の奢りよ。沢山食べて、太ってね。」
    そう言って、ヒロコさんはにっこりと笑う。言い忘れたのだが、僕達はカラオケに行く前に二人でパスタを食べている。お腹の中のメーターは、どうツマミをいじっても、満腹ゾーンからは動きそうにない。
    「あなたは、1000円でなんでもするのよね。勿論、綺麗に食べてくれるのよね。」
    念を押すように、ヒロコさんは首をかしげると、満足そうに上空に煙を吐いた。

    「どう?美味しい?」
    なんとか半分ほど皿が空いた頃、ヒロコさんが聞いてくる、僕はコクコクと無言で頷く。既に、胃の中の容量は、口を大きく開いてはいけないレベルまで達していた。
    「頑張って食べて、ちゃんと太ってね。」

    コクコク。
    背中に、妙な汗をかいてきた。

    「お替りしたって、いいのよ。」

    コクコ・・・ブンブン。

    ふふっと、極上の笑みが零れる。ヒロコさんは、心底楽しそうだ。
    「そうだ、ソーセージとポテトだけじゃバランスが悪いから、ちゃんと、野菜もとって・・・ね?」
    そう言うと、ヒロコさんはテーブルの上のタバスコをとって、もう一度にっこりと笑う。
    ヒロコさんの唇より赤いその瓶を見て、僕は深々と頭を下げた。


    さようなら、ヒロコさん。ダイエットのコレクションは増えましたか?(負け惜しみです)


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    ■2006/06/02(金) ツキ

    1000円の男として女性と話をした帰り道。
    僕は電車の座席で、その日起こった印象深いことをメモにとっていた。

    ふと、窓の外を見上げると、黒いシルエットのビルの谷間に、やけに頼りない月が飾られていた。流れ星が当たったら壊れてしまいそうな、細い、細い月。僕はボールペンとメモ帳を膝に置いたまま、ぽかんと間の抜けた顔で、流れる景色の中に浮かぶ月に見とれていた。

    あの月が沈んで、飾り気の無い太陽が海からあがってくると、僕はまた普通の男になる。そう考えると、か細い月が仄かに霞む。

    来週末は、何が起こるのだろう。帰り道に月を見る僕は、何を思うのだろう。無趣味な僕の中に生まれた1000円の男は、すっかり僕の体に居ついてしまった。そして1000円の男は、図々しくも、夜空の月を見て何か響くものを感じている。

    普段の僕は、相も変わらずの、起伏の無いつまらない男だが、休日の夜に月を見捨てることが無くなった。それだけでも、1000円の男をやっていてよかった。心から、そう思う。
    そして、ここに足を運んでくれる皆さん、ありがとう。

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    ■2006/06/03(土) アヤカ

    アヤカさんがバスルームに入ってから、既に一時間近くがたっていた。

    女性のシャワーが長いのは重々承知だが、ひたすら流れる水音に耐え切れなくなった僕は、バスルームに入り、浴室の前のドアに立ってみる。曇りガラスの向こうには、はっきりとはしないが、ショートヘアーのアヤカさんのシルエットが見える。丁寧にたたまれた暗い色のジーンズからあまり楽しくない連想をしてしまった僕は、思わず大きな声でアヤカさんの名前を呼んでみた。

    返事はない。

    少しも動かない肌色の影に向かって、
    「入るよ。」
    と言うと、僕は服のままで浴室に入る決意をした。マナー違反は好きではないが、何事にも例外はある。今を例外といわずして、なんというのだ。それに、裸なら先ほど確かめ合っている。

    ドアを開けた瞬間、むせるような蒸気が肺の中に混ざってきた。
    夢の中の景色のように白く包まれたバスルームの中で、僕の目に飛び込んできたのは、まるで人形のように微動たりともせずに、ぺたんと座り込んでいるアヤカさんだった。頭から被っているシャワーのお湯が顔を伝い、半開き口に入り、その口からまた零れている。

    言葉が出なかった。ただ、その実に異様で美しい光景が、瞳を通して、麻痺した頭に突き刺さっていた。

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    ■2006/06/04(日) アヤカ その2

    「アヤカさん、アヤカさん。大丈夫ですか。」
    洋服を着たまま浴室に入ると、僕はアヤカさんに駆け寄った。アヤカさんに降り注いでいた熱いシャワーが、僕の肩を濡らす。

    座っているのだから、意識はあるのだろうか。そんなことを頭の片隅に思いながら、アヤカさんの頬を軽く叩く。生まれて初めて、女性の頬を叩いたと後から気づいたが、その時はそんなことはどうでもよかった。

    「・・・の。」
    ゴボっと、アヤカさんの口からお湯がこぼれると、一糸もまとわぬアヤカさんの口から微かに言葉がこぼれた。
    「洗い流してるの。放っておいて。」
    虚ろな目は、何もないバスルームのタイルを見続けていた。
    とりあえず彼女が無事なことに安堵をしたが、熱いシャワーを浴び続けて、彼女の肩は流感にかかったかのように、赤く茹で上がっていた。

    1000円の男としては、放っておいてと言われたらそれに従うしかない。だが、アヤカさんをこのままにしておくわけにもいかない。アイザック・アシモフの様なジレンマに少し悩んだが、意を決して彼女の細い肩を軽く押すと、倒れかかったアヤカさんの背中に腕を通す。足を揃えるためにふくらはぎを持ち、両方の膝を伸ばすと、股と太ももに溜まっていたお湯が、だらしなくこぼれた。

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    ■2006/06/06(火) アヤカ その3

    ドアを足で蹴って開けて、よろよろとアヤカさんを浴室から連れ出していたときも、アヤカさんの視線は虚ろに天井を見続けていたが、僕が彼女を横にしようとベッドのそばまで歩くと、ゆっくりとベッドを見て、
    「ベッドは、汚いから、嫌。」
    と呟いた。
    汚いとはいっても、つい先ほど前まで二人で肌を合わせていたベッドだ。アヤカさんが混乱しているのか、僕が何かを見落としているのかはわからなかったが、部屋に入った時に荷物を置いたソファのことを思い出し、歯を食いしばって部屋の奥にあるソファまで移動する。
    まず、アヤカさんをそのソファに座らせて、無造作に置いてあった僕達の荷物をガラステーブルの上に移動させると、そっとアヤカさんの肩を引いて、アヤカさんを横に倒した。
    急いでバスタオルとミネラルウォーターをとって戻ってくると、だらんと下がっていた腕がおでこの上にかかっている。その顔にはなんの表情も浮かんでいなかったが、遠目から見てもわかるくらい、彼女の華奢な裸体は赤く茹で上がっていた。

    「大丈夫?まずは、水を飲んで、少し体を冷やして。」
    僕は、そう言ってペットボトルのキャップを開けた。飲み口部分のプラスチックが切れる、キリッという音がすると、アヤカさんは僕から青いラベルのペットボトルを受け取り、ゆっくりと喉に通した。何度か上下する喉を見て、大事には至らなさそうだと、少しだけほっとする。

    「体が冷えるといけないから、タオルで拭くよ。」
    僕がそう言うと、アヤカさんはその無機質な目で、僕の持つバスタオルに視線を注いだ。鎖のように重くなったアヤカさんの髪の毛から流れる水滴が、合成皮のソファにいくつもの水溜りを作っていた。

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    ■2006/06/07(水) アヤカ その4

    アヤカさんの肩にバスタオルをかけて軽く頭を拭くと、僕はアヤカさんの裸を見ないように、体を拭き始めた。のぼせてぐったりとしているアヤカさんの裸を見るのは、フェアではないような気がしていた。

    僕が無言で体の上から順番に、肩、腕、胸、腰と拭いていくのを、アヤカさんは嫌がるでもなく、なすがままにされていた。
    「ねぇ、そのタオル、綺麗なの?」
    太ももを拭いているあたりで、ふいにアヤカさんが口を開いた。出会ったときのようなハキハキとした聡明さが、少しずつ戻ってきているようだった。
    「ホテルに備え付けのものだから、綺麗だと思うよ。僕は使ってないし。」
    僕がそう言うと、アヤカさんは
    「そう。」
    と言って、ゆっくりと目を閉じた。僕は相変わらず中世の従者のように、アヤカさんの体をなるべく見ないようにして拭き続ける。

    やがて、足の指の間までバスタオルが入ると、アヤカさんは上体を起こして、またゆっくりと水を飲み、僕を見つめた。僕は背中に腕を回して、アヤカさんがいつ力を抜いてもいいように、カバーする。
    「ありがとう。体を拭いてもらうのって、結構気持ちがいいのね。」
    そう語るアヤカさんの顔は、まだ赤い。僕は不器用に微笑むと、
    「湯冷めするといけないから、出来ればベッドで休んで欲しいんだけど・・・。」
    と、アヤカさんの顔色を伺いながら訊ねると、
    「そうね、わかったわ。」
    という、意外な返事が返ってきた。僕は、裸のまま、不安げに立ち上がるアヤカさんの手を取ると、ベッドまでエスコートする。ソファからベッドまでの短い時間だったが、強く握られた手の感触が、少しずつ事態が収拾に向かっている予感を感じさせてくれた。
    「今、洋服を取ってくるよ。」
    そう言って掛け布団をアヤカさんの肩までかけて立とうとすると、一瞬だけ、僕の小指をアヤカさんが掴んだ。
    「・・・すぐ、戻るから。」
    と、僕が言うと、アヤカさんはまるで留守番を言い渡された子供のように、寂しげにこくりと頷いた。

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    ■2006/06/08(木) アヤカ その5

    浴室に入って、髪の毛を拭くためのタオルと、綺麗にたたまれた衣類を取って戻ると、アヤカさんはベッドの中から顔だけを出して、僕を待っていた。

    立ち上がったついでに、ソファのところにあるミネラルウォーターを取って、ベッドに腰を掛けると、アヤカさんは視線だけをこちらに移して、掛け布団の中から手だけを出してきた。
    僕は、水を渡して欲しいのかと思い、ペットボトルを持った左手をアヤカさんの方に差し出すと、ぎゅっと、その手首をアヤカさんに掴まれた。
    「・・・。」
    僕は小さく頷くと、何も言わずに持っていた洋服をベッドの上に置き、その手を包むように握った。
    「今はまだ熱が逃げてないけど、少ししたら、服を着ようね。」
    小声でも聞こえるように、アヤカさんに顔を近づけて、言う。
    「ありがとう。パパみたいだね。」
    僕に目を合わせたまま、そっと、アヤカさんが呟く。
    「パパ・・・?」
    1000円の男としての行動で、兄や弟のようだと言われたことはあったが、父親といわれたことはなかった気がする。
    「うん。今日出会ってから、ずっと、そう。抱っこしてくれたり、体を拭いてくれたり。こうして、ベッドで手を繋いでくれたり・・・。」
    そう言うと、アヤカさんは、ふうとため息をついて、もう一度僕の手を強く握った。徐々にだが、彼女の体に溜まっていた熱は抜けつつあるようだ。僕はそっと右手でアヤカさんのおでこに手をやり、優しくトントンと手のひらを当てた。

    今のアヤカさんは、出会った当初の快活な女の子でもなく、バスルームでの抜け殻のような人でもなく、風邪を引いてしまって学校を休んだ女の子・・・といった印象だ。もう少し回復するのに時間はかかるだろうが、体に火傷をしたわけではないし、ある程度休めば事態は収拾するのだろう。
    ついさっきまでのドタバタが何だったのかはまだ理解できていなかったが、彼女が父親を求めているというのなら、落ち着かせるためにも、とりあえずはそれらしく接してあげよう。僕は、のん気にそんなことを考えていた。

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    ■2006/06/09(金) アヤカ その6

    「ねぇ。」
    繋いでいた手を離して、アヤカさんは僕をじっと見つめた。僕も、首をかしげてアヤカさんを見つめる。
    「後で、また、する?」
    「え?」
    自分の耳を疑った。聞くだけなら魅惑的な言葉だが、その言葉を発したのは、今は一人で立つことも難儀な病人だ。
    「バカなこと言ってないで、今日はゆっくり休みなさい。また、次に会ったときにでも、ね。」
    そう言って、ポンポンと頭を触ると、僕はアヤカさんの髪の毛を拭くためにタオルを持ってきたのを思い出した。
    アヤカさんの頭に手を置いたまま、タオルを取ろうと横を向いて手を伸ばした、その時だった。

    「でも、パパとは、よくしてたのよ。」

    小さな口から僕のわき腹辺りに向けて発せられた言葉が、麻酔のように一瞬で僕の体の自由を奪った。

    ごろり、と、大きな違和感の塊が、頭の中で落下する。
    硬直した僕の血管と臓器の中で、アヤカさんから発せられた言葉が、何度も何度も響き続ける。

    聞き間違いではない。冗談でもない。

    一本の回路が頭の中で繋がると、今まで謎だったピースが次々と組み立てられていく。完成していく絵がとてつもなく醜いものだということがわかっているのに、僕の頭は自動的にパズルを組み立てていく。
    アヤカさんが一つ一つ落とし続けていた、赤黒く染められた違和感の欠片は、信じられないような絵を描いていた。

    反吐が出るという言葉は、まさにこんな感覚なのだろう。胃袋を大きな爪切りでバチンと切られたような気がした。

    喉がすっかり渇いてしまって何も言葉を発することができない僕の手を、アヤカさんの小さな手が強く包む。
    「いいのよ。仙道さんは、気にしないでいいの。私が、壊れているだけだから。だから、したかったら、言ってね。」
    そう言って、アヤカさんは僕を心配そうに見上げる。僕は、かろうじてその目を見つめることができた。自分がどんな顔をしているのか、わからない。1000円の男としての仮面なんて、粉々に砕け散っていた。

    さっきまで、一人で自分の中の汚れを流そうとしていた女の子が、僕を慰めようとしている。

    泣きたい。涙を流して、楽になりたい。
    子供のころに知っていた現実逃避法を、僕は20年近くたってから思い出していた。

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    ■2006/06/10(土) アヤカ その7

    やがて、淡雪のように消え去りそうな細々とした声でアヤカさんは自分の過去を語り始めた。固く繋がれた手だけが、僕に現実感を吹き付けてくれる。

    彼女を襲うようになって数年後。父親が、借金とタバコの空き箱を残して失踪したこと。やがて、母親も錨がなくなった船のように、家に帰らなくなったこと。

    寂しさのあまり、行きずりの男と寝た後は、必ずシャワーで体を洗い続けること。

    「私がシャワーを浴びている間に、こっそり帰る男の人もいるし、面倒だから、先に帰ってって言うことも多いよ。ホテル代払うから早く帰ってっていうと、ほとんどすぐに帰っちゃうかな。」
    そう言って、アヤカさんは笑顔を見せる。
    「ぼーっとしている時に、抱きかかえてベッドに連れて行ってくれたのは、仙道さんが初めてだよ。びっくりしちゃった。」
    そう言うと、口を閉ざしたアヤカさんは布団の中から僕を見つめる。僕は、カラカラになった喉を湿らすために、アヤカさんの水を少し貰う。
    「ごめんね。変な話しちゃって。引いたでしょ。」
    僕はかぶりを振ると、黙って彼女の頭を撫で続ける。僕の薄っぺらい人生の中からは、彼女にかけるべき言葉がでてこなかった。ただ、アヤカさんの為になにかをしたいと思って、手をそっと動かし続けた。

    「男の人と寝ると、いつも自分が汚くてしょうがないって思いで、頭が一杯になるの。だから、いつも頭の中が真っ白になるくらいシャワーを浴びるの。」
    アヤカさんの話は続く。
    「でも、あんなに嫌だったSEXをして、パパの嫌な思い出を思い出す方が、まだ、いいの。家に一人でいるよりは、いいの。」
    僕から水を受け取ると、アヤカさんも一口飲んで、唇を拭いた。ミネラルウォーターのペットボトルは、空になりつつある。
    「そんなことをずっと繰り返して、わざと傷ついて。自分で歪んでるのがわかってるのに、それでも、幸せになりたいの。寂しいのは嫌なの。ダメだよね。図々しいよね。」

    そう言って、茶色く痛んだ自分の髪の毛を握り締めながら、不器用に笑おうとするアヤカさんを見たとき

    僕の心のテーブルに置いてある、今までずっと忘れさられていた古いグラスが、十数年ぶりに倒れた。アヤカさんが語る言葉に頷くことしかできなかった僕の顎に、一滴、生ぬるい水が届いた。

    「仙道さん、泣いてる。」

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    ■2006/06/12(月) アヤカ その8

    好きな人と恋人になれなかったときも、船が沈む映画を見たときも、友人が死んだときも涙を流すことができなかった僕の目から、一滴だけ零れた。

    「ごめんね・・・。ありがとう。」
    アヤカさんは掛け布団の角で僕の涙を拭くと、目を伏せた。その顔を見ると、彼女の目尻も少し濡れている。僕が片手を彼女の頬に添えるように当てて、もう片方の手で彼女の目尻を拭くと、彼女の目から堰を切ったように、大粒の涙が零れはじめた。僕がいくら拭いても、次から次へと流れる涙が、彼女の心にある雨雲の厚さをあらわしているようだった。

    東京のどこにでもある、ありふれた愛の旅館の一室で、二人の孤独な人間が嗚咽を漏らさないように忍び泣いていた。

    ・・・やがて、有線の音楽が何曲か過ぎた頃。アヤカさんが、口を開いた。
    「ありがとう。もう、いいよ。」
    そうお礼を言うと、頬に当てていた僕の手に触れた。
    「もういい?」
    何のことかわからず、僕は首をかしげてアヤカさんに訊ねた。
    「うん。私のために泣いてくれて、ありがとう。今日はもう、一人でも大丈夫だよ。」
    そう言って、アヤカさんはその細い腕で僕の手を顔から外した。またしてもジレンマに悩む僕の胸に手を当てると、
    「少し泣いたら、疲れちゃった。少し眠りたいんだけど、私っていびきがひどいから、寝顔見られたくないの。」
    と言って鼻をすすると、にっこりと笑った。アヤカさんは、嘘をつくときや悲しいとき、心を隠すために笑う。そんな、悲しい癖に気づく。
    「なんでも、言うこと聞いてくれるんでしょ?お願いだから、もう帰って・・・。」
    再び流れ始めた涙を僕に見せないように拭くと、アヤカさんは布団を被って壁のほうを向いてしまった。
    少しの沈黙の後、僕はゆっくりと立ち上がり、帰り支度を始める。ジャケットを着て、髪の毛を少し整えるだけのわずかな時間、アヤカさんは何も話さず、布団から出てくることもなかった。

    準備を済ませると、最後にもう一度、ベッドの方を見る。彼女を隠すその布団が、微かに震えているのに気づくと、再び僕の目頭もじんわりと熱くなってくる。ベッドの上に散乱した衣服や、濡れた床。そして、彼女に注がれていた熱いシャワー。僕は、この景色を忘れないようにしっかりと目に焼き付けると、別れの言葉を彼女にかけた。

    さようなら、アヤカさん。どうか、あなたの探す幸せに出会えますように。


    長かったアヤカ編にお付き合いくださって、ありがとうございます。コメントか、感想の代わりにクリックしていただけると、励みになります。


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    ■2006/06/12(月) ハジ

    金曜日の夜。知人とコンビニへ入った時のこと。

    オレンジジュース一つをレジ台に置いて、財布の中から一万円札を出す僕に、後ろで並んでいた彼が、
    「大きいのないなら、まとめて払おうか?」
    と声をかけてくれた。心からの善意による、ありがたい話だが、明日は9千円が必要になるかもしれない日なのだ。
    「いや、ちょっと小銭が欲しかったから、いいよ。ありがとう。」
    と答える僕の言葉を確認すると、あごひげを生やした店員が、
    「一万円入ります。」
    と面倒くさそうに呟いた。

    僕は、実生活を送る僕を知る人には誰も「1000円の男」のことを言っていない。なんとなくなのだが、自分から話すきっかけを失ったまま、月日だけがかさんできている。この奇妙な趣味が、恥だとは思わない。けれど、もう少しだけ誰にも知られずに、この僕のもう一つの顔というものを持ち続けていたいのだ。

    いつか、この知人がそれを知ることがあるのだろうか。彼は、どんな顔をして、僕のもう一つの顔を見るのだろう。そんなことを思いながら、レジの彼にお礼を言い、コンビニの袋を手に取ると、折りたたんだ9000円を財布の端に入れて、レジを後にした。

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    ■2006/06/15(木) メモ

    過去の記事が50を超えたので、いい機会だと思い最初から自分のブログを見てみました。
    カナコさんから始まり(実際には、1000円の男が最初に声をかけたのはカナコさんではありませんが。)、明るい話や悲しい話を紹介してきました。
    1000円の男としての活動を行うのは休日だけなので、多くても週に二回ほどしか活動できません。その為、何回かに分けて一人の女性を紹介しているわけなのですが、出会った女性達の特徴やエピソードは、全てメモして取っておいてあります。

    さて、今回はそのメモ帳の話。

    先日のこと。会社から出て数分経ったところで、メモ帳をデスクの上に忘れたことを思い出した。出しっぱなしにしてあるとはいえ、机の上にあるメモ帳の中を覗く人はいないだろうが、会社はまだ近いし、忘れ物をしたままでは気持ちが悪いので、引き返してとりに行くことにする。

    幸い、誰にも顔を会わせずに自分の机まで行くことができたのだが、置いてあるメモ帳が開きっぱなしになっていることに気付いた。おそらく、僕が退社する前に読んでいてそのままだったのだろうが、あのメモ帳の中身は「1000円の男」の活動記録が書いてあるのだ。社内の人間には見られないに越したことは無いだろう。

    そそくさとデスクに歩み寄り、片付いた机の上にポツンと置いてあるメモ帳に手を伸ばすと、開かれていたページがチラリと目に入る。このページは確か・・・そう、タカコさんのメモだ。走り書きで埋め尽くされたそのページには、文章の隙間を埋めるように、びっしりと



    という漢字が書いてあった。

    ・・・これは確か・・・、僕が目を舐められたときの話で、「舐める」という字が思い出せずに、携帯で調べた後、しっかりと覚えるために何度か書き取りをしたものだ。

    白いページを埋め尽くす「舐」は、客観的に見ても気味のいいものではなかった。もし、手帳を忘れたまま放置していたら、びっしりと書かれたページに興味を示した誰かに見られていたかもしれない・・・。そう思うと、帰り道を引き返してよかったと、心から胸をなでおろした。

    ・・・もっとも、誰もそのページを見ていないという保証はどこにもないのだが、その後特に怪しい噂を聞かないので、大丈夫ではないか・・・と、楽観的に思うことにしている。


    これからは、少し気を使うようにしようと、思った出来事でした。

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    ■2006/06/16(金) ヨウコ

    アヤカさんのショックが抜け切れないまま、時間は止まることなく進んでいく。
    目を閉じる前は、確か金曜日だったはずだ。・・・どうやら、また新しい週末がきたらしい。寝ぼけた頭のまま天気予報を見ると、灰色に染まっているこの空は、やがて雲一つ無く晴れるのだという。
    そんな天気予報があったから、僕は街に出かける気分になったのかもしれない。白い長袖のシャツを着て家を出ると、手首の辺りにじんわりと夏を感じる。その日は、そんな日だった。

    「もしお暇でしたら、今日一日僕を1000円で買いませんか?」

    少なからず、モチベーションが下がっている影響だろうか。その日は、声をかけても足を止めてくれる女性がなかなか現れなかった。やがて、嘲笑と無視をされることに飽き始めた頃。そろそろ今日は切り上げて、家に帰ろうかと思い始めた時のことだった。

    一度も目を合わせることなく僕の申し出を断った女性が足早にエスカレーターに乗るのを見送っていると、背後で誰かが喋る声が聞こえた。
    僕が振り返ると、二十歳前後だろうか。若い女の子の三人組が寄り添うようにして、僕の背後に立っていた。
    「ねぇ、何でもしてくれるって、本当?」
    真ん中の女の子が、大きな目を輝かせて聞いてくる。先ほど寄り添うようにと書いたが、正確にはこの子が先頭に立ち、その後ろに二人の女の子が隠れているといった方が正しい。その子は、初対面の僕にも堂々と話しかけてきた。

    「本当だよ。一日1000円。悪いことじゃなければ、何でもしてあげる。ただし、諸経費はそちら持ちでね。」
    僕が少し疲れた営業スマイルを向けると、その子の顔がひまわりのように輝いた。子供のころに、よく見た笑顔だ。おもちゃを見つけた、男の子の顔。

    「本当!じゃさ、あたし達に付き合ってよ。1000円払うよ!」
    飛び跳ねそうな笑顔で、その子が言う。僕としては願ってもいなかった話なのだが、少し、後ろの二人が気になった。
    「ねぇ、ヨウコ。本気・・・?」
    そう言って、後ろにいる一人がヨウコと呼ばれた子の袖を引っ張った。その隣にいる子も、明らかにのり気ではないようだ。
    「なんで?面白そうじゃん!この人、いい人みたいだし。」
    信じられないというように、ヨウコさんは大きく腕を広げて話す。ややオーバーなリアクションが、彼女のもどかしさを現しているようだった。
    「じゃ、チエ達はいいよ。あたし一人でこの人と遊ぶから。」
    そう言うと、ヨウコさんは小走りで僕の後ろに回った。
    「でも・・・。」
    チエと言われた子は、不安そうに僕とヨウコさんを交互に見つめる。友達が得体の知れない男と遊ぶというのだ。不安にもなるだろう。
    「じゃあ、こうすればどうだろう。」
    僕が少し腰を落として、小柄なチエさんに話しかけると、チエさんは驚いたように顎に手をあてた。
    「チエさんは、一時間置きでも二時間置きでも、好きなときにヨウコさんに電話をできる。そして、ヨウコさんは心配をかけないためにも、必ずその電話にでること。もし、何回電話してもヨウコさんが電話にでなかったら、チエさんは、急いで誰かに連絡するといい。どうかな?」

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    ■2006/06/17(土) ヨウコ その2

    こんな提案なんていくらでも抜け道があるのに。そう心の片隅で思いながら、僕が口八丁で出す言葉に、ヨウコさんたちは感心したように首を縦に動かした。とはいえ、まだチエさん達は疑心を絵に描いたような渋い表情だったが、それを強引に押し切ったのはヨウコさんだった。

    「じゃ、そういうわけだから、よろしくね!」
    そう言って小学生のように手を振るヨウコさんを、チエさん達は釈然としないという面持ちで見送っていた。
    「いいのかい?友達を置いてきて。」
    提案者の僕が尋ねる。厚顔無恥とはこのことだろう。
    「いいのいいの。小学生の時から、ずっとこんな調子なんだもん。あっちも、きっと慣れてるよ。」
    そう言うと、ヨウコさんは待ちきれないというかのように、被っている帽子をくるりと回した。少し観察しただけなのだが、この人の動作には影が少ない。心の形をそのまま表すかのように変わる表情や仕草が、真珠のように愛されて育ったのだという、証明のように見えた。

    「へぇ。それじゃあ、あんまり喧嘩とかはしないのかな。なんだか、いつもあの子達を心配させているように見えるけど。」
    そう言うと、僕は振り返ってチエさん達を見る。チエさんは、まださっきの体勢そのままに、顎に手を当てたままこちらを見ていた。
    「そうだね。あんまり喧嘩はしないかも。一回だけ、絶交されそうになったことはあったけど。」
    帽子のつばを見ながら、ヨウコさんが答える。
    「へぇ・・・絶交かぁ。久しぶりにそんな単語を聞いたよ。そう言い出したのは彼女達でしょ?一体何をしたの?」
    人通りの多いほうへ歩きながら、僕が尋ねる。ヨウコさんは背の高いほうではないが、歩くスピードがかなり早い。エスコートをするレベルで歩くと、僕が遅れるほどだ。
    「あたり!よくわかるね。絶交されそうになったのは、小学校の頃、電車の網棚の上にあるスポーツ新聞を取ろうとして、鉄の棒を登ったとき・・・かな。」
    「登ろうとした、じゃなくて、登ったんだ・・・。読みたい記事でもあったの?」
    「ううん。ただ、パパもママもチエ達も、皆が子供が読むものじゃないっていうから、気になっただけ。それに、ちょっと登ったら、チエが『お願いだからやめて』って言って泣いちゃったから、登らないで戻ってきたよ。」
    そう言って、ヨウコさんはカラカラと笑う。ただ、自分が笑いたいから笑う。それだけの笑顔が、花火のように無邪気で可愛いかった。

    「で、そんなことよりさ。何するの!?」

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    ■2006/06/19(月) ヨウコ その3

    電池が繋がっているんじゃないかと思うくらいキラキラと目を輝かせるヨウコさんの問いに、僕は詰まってしまった。見上げれば、この街にはどんな看板でも揃っている。しかし、このヨウコさんが楽しめる場所は、この中にあるのだろうか。僕にはわからなかった。

    「普段なら喫茶店とかでゆっくりと何をしたいのかを話したりするんだけどね。何かこれをしてみたい!とかあるかい?できれば、おまわりさんに捕まらない範囲で。」
    僕がそう言って並び立つビルを見ると、ヨウコさんは「うー」と、動物のような声を出して腕を組む。その顔は真剣そのものだ。
    「やりたいことかぁ。あたし、普段から結構好き放題やってるからなぁ。仙道さんは、捕まる系は苦手なの?」
    言っておいてよかった。そう思いながら、僕はヨウコさんの言葉に苦笑する。
    「うん。捕まる系は苦手かな・・・。折角だから、普段の友達といるときにできないことにしてみたら?」
    「ふむ。一理ある。」
    そう言うと、ヨウコさんはふと気づいたように、僕を見あげる。
    「仙道さん、ひょっとして、エッチ系したいの?」
    ヨウコさんが真っ直ぐの視線で、僕に尋ねる。その大きく黒い瞳に吸い込まれるように、しんと雑踏の音が掻き消える。
    「君がしたいなら、そうするよ。そうじゃないなら、しなくても全然かまわない。僕はどっちでもいいよ。」
    僕がそう答えると、ヨウコさんは真面目な顔で頷いた。
    「そかそか。あたし、あんまりしたくないからさ。もし仙道さんがそうなら、ごめんなさいかと思ったよ。」
    正直なところ、その時の僕にギラギラとした欲求はまるでなかった。ヨウコさんは確かに可愛い子だったが、抱き合ったときにアヤカさんの薄い唇を思い出さないという自信がなかったのだ。
    「そうか。ちょっと残念かな。」
    そんな社交辞令の軽口を咎めるかのように、突然ヨウコさんの携帯が曲を奏で始めた。皆が聞いたことのある、けれどもタイトルのわからないクラシックの名曲。
    「あれ、チエだ。もう、心配性だなぁ。」
    そう一人ごちて携帯を開くヨウコさんの姿は、どう見ても今風の女の子だった。

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    ■2006/06/20(火) ヨウコ その4

    疲れて眠ったように閉店しているブティックのシャッターに体を預けながら、ヨウコさんはイルミネーションが光る携帯を開く。
    「もしもし。チエ?あ、ユリ?どうしたの。まだ、どこにもいってないよ。」
    足をぶらぶらとさせ、空に向かって話すヨウコさんの脇に立ち、僕も同じように足をぶらぶらさせると、ヨウコさんは僕を見上げてふふっと笑う。
    「え、うん。あーあー。ちょっと待ってね。仙道さんと話してみるよ。」
    そう言って受話器に手を当てると、僕の方を見て
    「ね、チエたちが行ってみたい場所があるっていうんだけど。あたし達も、そこに行っていいかな。」
    と、聞いてきた。
    「もちろん。お任せするよ。」
    僕が頷くと、ヨウコさんは携帯電話に当てていた手を離し、
    「いいよー。じゃ、そっちに行くね。」
    と言って、返事を待たずに電源を切る。やはり、チエさん達は、僕と二人きりにさせるのが心配だったのだろう。本来、話をじっくりと聞くために、1000円の男は1:1で会うことが基本なのだが、マキコさんの例もある。普段から振り回されているであろうチエさん達のささやかな願いは、断る気になれなかった。

    「それで、チエさんたちはどこに行きたいって?」
    駅のほうへ引き返しながら、僕がヨウコさんに尋ねる。
    「それがねー。向こうも切り札を出してきたのよ。前々からあたしが行きたい!って言ってたトコロを、仙道さんと一緒なら・・・って言うんだもん。」
    そう言って、ヨウコさんはニコニコと僕を見上げる。

    「普段から行きたかった場所・・・。そんなところがあったんだ。君ならすぐに行きたい場所へ飛んでいくのかと思ってたよ。」
    「うん、そうなんだけどね。さすがのあたしも、一人じゃ気が引けるというか・・・。だから、チエたちにいつも行こうって言ってたんだけどね。」
    「ふーん。」
    このヨウコさんが一人で行くのをためらう場所はどこなのだろう。色々と思案を巡らせる僕に向かって、ヨウコさんはあっさりと答えを教えてくれた。

    「さぁ、いざゆかん!メイド喫茶!」
    「え?」

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    ■2006/06/21(水) ヨウコ その5

    「・・・メイド喫茶?」
    愛想笑いが固まったままで、ヨウコさんに聞き返すと、ヨウコさんは、うむ。と頷いた。
    「そう。メイド喫茶。メイドさんがお茶を入れてくれたりするんだよ!仙道さんも好きでしょ?そういうの。」
    平日の疲れのせいだろうか。ふと、目が霞んだ気がして、ゆっくりと目頭をほぐす。現実とは、時々あまりリアルではないものだ。
    そもそも「1000円の男」は、つけっ放しのテレビのようにとめどなく流れる、退屈で孤独な時間を潰したくてはじめた活動だ。ヨウコさんのような人に出会えて振り回されるのは、まさに本懐というものだろう。

    同僚や知人に会いませんように。
    そう、信じてもいないどこかの神に祈ると、僕は腹を決めた。どちらにせよ、ルールに抵触していない以上、僕に拒否権は無いのだ。
    「うん。好きという前提で話しを進めていいよ。」
    僕はヨウコさんに答える。
    「・・・なんか、ひっかかるな。その言い方。まぁいっか。」
    そう言うと、ヨウコさんはあえて僕の複雑な表情に深入りをせずに、高らかに足を上げて駅へと進んでいった。

    駅についてチエさん達に合流をすると、改めて僕は彼女達と自己紹介をする。ヨウコさんと比較せずに、一般的に見ておとなしい印象なのがチエさん。さらにチエさんよりもおとなしそうなのが、ユリエさんだ。
    チエさんは鞄を体の前に抱えたまま僕への緊張感を解いておらず、ユリエさんにいたっては、殆ど視線も合わない。

    二人ともヨウコさんとは小学校以来の友人というが、チエさんユリエさんと、ヨウコさんとはまるで性格が違うような気がする。彼女達の友情の基盤は何なのだろう・・・そんなことを考えながら、僕が仙道という名を名乗ると、合わせたように二人が同じタイミングで軽くおじぎをしてくれた。

    「じゃ、行こうか!チエ、場所はわかるんだよね。」
    自己紹介が終わった途端、張り切って声を出すヨウコさんに問われて、チエさんが自信深く頷く。
    「うん。さっき、弟に地図を送信させたから大丈夫。」
    そう言って、携帯を開いて僕達に見せる。僕は、毎日使っているこの駅の近辺にメイド喫茶ができているのを初めて知る。
    「えっと、交番があっちだから・・・こっちね。」
    そうチエさんが指差すほうへ、ヨウコさんが我先にと歩き出す。
    何度考えてみても、このお嬢様たちに振り回される僕は、ご主人様ではなく、執事役だと思うのだが。

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    ■2006/06/22(木) ヨウコ その6

    僕がドアを引く暇も無く、ヨウコさんは堂々とドアを開ける。その表情には全く臆す様子がなく、清々しいまでに探究心に満ちた目をしていた。
    チリリンと、涼しげなベルの音が店内に響くと、店内のメイドさん達とお客さん達の視線が一斉に僕達四人へと注がれた。

    「お帰りなさいませ!ご主人様・・・お嬢様!」

    定型の挨拶に逡巡があったのは、女性三人、男一人という僕達の組み合わせのせいだろう。照れ笑いを隠すために後ろを振り返ると、チエさんとユリエさんの表情が明るい。お嬢様といわれて素直に喜べるのは、実はかけがえの無いことなのかもしれない。過去に会った年上の女性達を思い出しながら、そんなことを思う。
    やがて、厨房のほうから笑顔のメイドが小走りでやってきた。
    「ご主人様は・・・お二人様ですか?」
    そんな、とんちのような問いかけに指を四本立てて答えると、公共のメイドさんは砂糖菓子のような人工的な笑顔を見せて、僕達を奥のテーブルに案内してくれた。
    嬉しそうにカーテンやテーブルのレースを眺めるチエさんとユリエさんと、ハムスターのように首を伸ばして、辺りを観察するヨウコさん。形は違えど、皆ある程度の満足はしているようだ。

    ヨウコさん達が、運ばれてきたメニューを読んでいる間、物珍しさに辺りを見回して観察をしてみる。店内に女性客は友達同士と思われる二人だけで、やはりというか、客は殆ど男性だ。明らかに身なりに気を使っていないという人もおらず、客だけを見れば、普通の喫茶店と言ってもさほど違和感は無い。背もたれに肘を置いて店内を観察していると、ヨウコさんたちの注文が決まったようだ。

    「仙道さん、注文は何にするんですか?」
    向かいの席に座ったチエさんが、僕にメニューを見せてくれる。
    「アイスカフェオレを。無ければ、アイスコーヒーで。」
    「そう?紅茶とケーキが美味しいみたいだけど、頼まないで大丈夫ですか?」
    「うん。紅茶は飲めないんだ。ありがとう。」
    そう言うと、チエさんは笑顔で小さく頷いてメニューを閉じた。店内の化学的に明るい雰囲気が、緊張を解す要因となっているのだろうか。僕が注文を取るために手をあげると、小声でありがとう、と言ってくれた。
    ユリエさんとはまだまだ打ち解けていなかったが、チエさんは少し心を開いてくれそうだ・・・そんな気がしたとき。

    「あのメイドさんたち、しゃがんだらパンツ見えないのかなぁ。」
    ぽつりと、ヨウコさんが、恐ろしいことを呟いた。
    「ちょっと!変なこと考えても、試さないでよ!」
    チエさんとユリエさんがほとんど同時にヨウコさんに釘を刺す。口にはださねど、僕も同じ思いだ。どうやらヨウコさんは、彼女を取り巻く人たちの心を通わせる作用があるようだ。

    チエさんがアンケート用紙の上に置いてある消しゴムつきの鉛筆を取り上げると、ヨウコさんはにっこりと笑った。その笑みが意味するところを知っているのは、僕ではなく、旧友の二人だ。

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    ■2006/06/23(金) ヨウコ その7

    「仙道さん、ヨウコがああやって笑うときは、きっと何かをたくらんでるときだよ。」
    チエさんが用心深い顔でささやくのに、僕は真顔で応える。勿論、その声はヨウコさんにも聞こえているのだが、言われた本人は何も意に介さないという表情で、相変わらずニコニコしている。
    「やだなー。なにもたくらんでないよ。仙道さんも、チエの言うことなんて信じないでね。」
    といつつ、ヨウコさんはポーチを持って席を立とうとする。
    「ヨウコ、どこ行くの。」
    「やだな。ちょっと、トイレだよ。トイレ。」
    慌てて聞くチエさんにそう答え、膝をテーブルの外へ出して立ち上がったとき、僕はふと、ナツコさんに教わった言葉を思い出した。

    「男性は、店に入った時にトイレに行く。女性は、店から出るときにトイレに行く。だから、女性が食事を終えて席を外した時にお会計を済ませて、お財布を女性に出させないのが、マナーなのよ。」

    確か、こんな内容だったと思う。ナツコさんの話では書かなかったが、銀座の女性のレッスンということで、彼女に教わったことだ。僕は、ナツコさんの言葉と違って、ヨウコさんは店に着いて早々だな・・・なんてことを思いつつ、メイドの店員さんにトイレの場所を聞いているヨウコさんを見送っていた。

    ヨウコさんにトイレの場所を答えてくれるメイドさんが、その場所を指差した、刹那だった。

    視線はメイドさんの指差すほうに向けられたまま、手の中から静かに落とされたポーチを音もなく靴の上に乗せると、丁度メイドさんの足元に落ちるように、そのポーチを柔らかいタッチで蹴り上げた。メイドさんがヨウコさんの方を振り返った瞬間、いつの間にかジッパーが開けられていたポーチの中の小物が、ガラガラと床に散らばった。

    制止するとか、声をかけるとかのタイミングなんて、少しもない。僕はぽかんと口を開けたまま、ヨウコさんの一連の動作を見過ごすしかなかった。
    特段早業なわけでも、極めて難しいことをしているわけでもない。ただ、ペンを回すかのように平然とやってのけたことが、何よりも衝撃的だった。僕の背後のチエさんとユリエさんも、僕と同じようにヨウコさんの方を見ていたはずだが、二人の方からは何の音も聞こえない。僕と同じように、あまりのことに言葉を失っているようだ。
    「あら、大変。大丈夫ですか?」
    と言って、床に散乱したリップクリームやハンカチなどを拾うメイドさんに、
    「ありがとうございます。ごめんなさいね。」
    と、妙に礼儀正しくお礼を言って、ヨウコさんは一緒にポーチの中身を拾い始めた。仮に、あのメイドさんがヨウコさんの視線に気づいても、わざわざ口に出して注意をしたり、怪訝な思いをしたりはしないだろう。まさに、完璧な犯行だった。


    数分後、トイレから帰ってきたヨウコさんに、僕達全員の視線が集まる。

    「ただいまー。あんまり見えなかったよ。あ、飲み物きたんだね。」

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    ■2006/06/25(日) ヨウコ その8

    平然と椅子に腰をかけるヨウコさんを、僕達は言葉も無く迎えた。達成感にツヤツヤとしているヨウコさんと、対照的に妙な敗北感を背負った僕達三人の間には、少しの間えも言われぬ沈黙が流れた。周りは相変わらずの
    「本当にもう・・・。思ったことをすぐ行動に出さないって、何回言わせるのよ。」
    ため息まじりに、チエさんが口火を切る。
    「へへへ。太ももの奥の方は見えたけど、パンツは見えなかったよ。」
    店内に響き渡るような澄んだ声で、ヨウコさんが誇らしげに勝利宣言をする。僕には既に周りの人からの視線を確認する勇気がなくなっていた。
    「ちょっと!声が大きいってば!・・・はぁ。本当にもう。バカ。アホ子。」
    「アホ子。」
    ため息混じりにチエさんとユリエさんが交互に言う。
    「ちょっと!アホ子はナシって言ったじゃん!」
    他愛の無い会話で盛り上がるこのテーブルに、いつの間にかメイドさん達が接客に来なくなったのは気のせいではないだろう。僕達だけで明るくやっているので、放っておいたほうがいいとの判断なのだろうか。それとも、異様に目立ちすぎているのだろうか・・・。頭痛を予防するためにも、深く考えないことにする。

    (ちなみに、ヨウコさんは学校での成績は素晴らしいらしく、彼女の外面だけしか知らない人は、なぜ彼女がアホ子と呼ばれるのか驚くらしい。)

    「でも、すごいよね。よく、あんなことを思いつくよ・・・。ほんとに。」
    ユリエさんが小さな声で感嘆すると、チエさんも悔しそうにだが、それに頷く。
    「ふふふん。別にお財布を落としてもよかったんだけどね。家に忘れちゃったみたいだから、ポーチにしたの。トイレがこれがまた、結構可愛かったのよ。おしっこも何も出ないから、色々見学しちゃった。」
    アッサムティーを味わいながら楽しそうにはしゃぐヨウコさんの言葉に、僕達三人が同時に固まる。ヨウコさん以外は、三人が三人とも同時に気づいたようだ。
    チエさんが、僕へチラリと視線を送る。僕がそれに頷くのを見て、ヨウコさんに話しかける。
    「ヨウコ・・・。」
    「ん?なに?どうしたの?」
    アーモンドの入った手作りクッキーをほおばりながら、ヨウコさんが陽気に答える。

    「どうしたのって・・・ヨウコが財布忘れるのはいつものことだけど、今日は仙道さんがいるんだよ・・・?」

    ガリっと、アーモンドを砕いて、ヨウコさんの動作がピタリと止まる。

    「おお・・・!」

    「・・・」
    「・・・」
    「・・・」
    「・・・」

    四人の沈黙がハーモニーを奏でた後、ヨウコさんは首をすくめて、見上げるようにチエさんを見て言った。
    「チエさん・・・お金、貸してくれませんか・・・。仙道さんの分も含めて・・・。」

    「アホ子。」「アホ子。」「・・・アホ子さん・・・。」
    「はい!」
    メイドより元気のいい返事が、店内に響いた。このメイド喫茶の中で、この子だけは本物のお嬢様なのかもしれない。


    さようなら、アホ・・・ヨウコさん。いつまでも、あなたはあなたのままでいてください。

    この後も(チエさんとユリエさんのお金で)カラオケにいったりしますが、長くなってきたのでここで止めます。面白かったという人は、応援のクリックをしてくれると、嬉しいです。


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    ■2006/06/26(月) モンドウ その2

    前回のモンドウはコチラ

    「付き合っている人はいるの?」
    「・・・いません。いたら、彼女が可哀想じゃないですか?」


    「大きな怪我や入院をしたことはある?」
    「ありません。病院は周りに笑顔が少ないので、自然と他の人の笑顔も少なくなって好きじゃないですね。薬の匂いとかは、好きなんですけど。」
    「へぇ、変わってるのね。」
    「非日常が好きな人は、珍しくないと思いますよ。」


    「S?M?」
    「わかる人には、一発でわかるみたいですよ。結構偏っているとか。」


    「トイレの便座下げたの、あなた?」
    「そんなに珍しいことですか?」
    「うん。家族は女性ばっかり?」
    「そんなことはないですけど。」


    「手首細いのね・・・。握力無いでしょう?」
    「うーん、握力はわかりませんが、血管も浮き出てないですし、モテる腕じゃないかもしれませんね。」


    「動物、好き?」
    「表情があって懐いてくれれば、ネコでも犬でも。知らない人より、知らない野良猫の方が好きかもしれません。」


    「仙道、なんていうの?」
    「えっと、なんだったっけ・・・。ちょっと待ってください。メモに書いてあるはずですから。」
    「え、仙道って、偽名なの?」
    「ええ、そうですよ。本名じゃありません。あ、千円の男だから、仙道緑?って書いてありますね。」
    「緑・・・なんて読むの? えん?えにし?」
    「えん、えにし、ふち、へり、みどり、よすが、ゆかり。どれにしようかな・・・。まぁ、そのうち決めますよ。」
    (後で、よし、ゆくりという読み方があることも判明)


    何か質問したいことがあれば、コメントへどうぞ。次回のエトセトラで書いてみます。

    面白かったら、クリックをしていただけると励みになります。


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    ■2006/06/27(火) ルミコ

    「ねぇ、お願いがあるの。」
    暫く抱き合った後、熱く湿った息を吐きながら、ルミコさんが僕の目を見つめる。
    「はい、なんなりと。」
    僕が少し背の低い彼女の肩を抱いてルミコさんの視線を受け止めると、両手で僕の右手を包み込むように捕まえて、首の下の鎖骨あたりへ導いた。
    「手で顎をあげて、強引な感じでキスして。」
    少し意外なリクエストだったが、断る理由は無い。ただ、そのまま言うことを聞くのも面白くないと思い、無表情のまま、黙って彼女の目を見つめ続ける。

    「だ・・・ダメ?」

    と、ルミコさんが口を開いたところで、リクエスト通り親指と人差し指で顎を上げて、目を開けたままキスをする。

    ドサリと、ルミコさんの手から鞄が落ちると、中に入っていた携帯のストラップが、悔しげにカチャカチャと音を立てた。

    「そう・・・そんな感じ。」

    長い長いキスが過ぎて、ぼうっとした顔でルミコさんが目を開ける。彼女が最後に飲んだキャラメルマキアートが、僕の口にも残り香を立てていた。


    こんなキスをしたいという願望がある人は、応援のクリックをしてくれると嬉しいです。


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    ■2006/06/28(水) ルミコ その2

    「強引な感じが好きなの?」
    もう一度だけ、今度は触れるだけの軽いキスをした後、僕が尋ねる。特に展開のある返答を求めているわけではないのだが、何か一言置かないと、このまま死ぬまでキスだけをし続けるような気がしたのだ。
    「そうね・・・。でも、初めてのキスで突然そうされたら、びっくりしちゃうかもね。私がしてって言ったら、してくれるのがいいかも。」
    そう言うと、ルミコさんはもう一度僕の腰に手を回す。
    「じゃ、ソフトなMってことかな。」
    僕は人差し指の背でルミコさんの喉を撫でながら言った。
    「SとかMとか、どっちでもいいよ。私がして欲しいときに、してくれれば、それでいいの。」

    そう言って、ルミコさんは再び目を閉じる。それは、本来恋人同士でしかわからない合図だ。一体何人の男性が、ルミコさんとこの合図を分かち合うことを夢見たのだろう。
    僕はその期待に副うよう、喉に当てていた人差し指をゆっくりと喉まであげ、親指を添わせる。ふっと、ルミコさんの唇から少しだけ息が漏れた。

    ふと、通りを歩く女子高生の集団達が、僕とルミコさんを見ていることに気が付く。僕は悪戯っぽく微笑みを投げかけ、彼女から視線を外さないまま、ルミコさんとゆっくりとキスをする。目を逸らさなかったのか、逸らせなかったのか。女子高生達は言葉を失って、唖然と僕達を見ていた。

    繁華街の居酒屋通り、梅雨の月。二人の擬似的恋人が熱いキスをしていることを、それとは知らずに見たことは、明日のクラスで話題に上るのだろうか・・・そんなことを考えながら、少し首を傾げて強く唇を吸う。ルミコさんの肩が少し震えて、僕を強く抱く。女子高生達も、当然その悲痛なほど強く力が入った手に気が付いているはずだ。

    全員の期待通りの反応に満足すると、僕はゆっくりと目を閉じてキスに専念した。瞼に残ったネオンが、誰かの情熱のように赤く燃えていた。

    さようなら、ルミコさん。早く合図をわかちあえる人に出会えるといいですね。

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    ■2006/06/29(木) キッカケ

    繁華街の雑踏の中。一人で歩く女性に、声をかける男性。
    誰もが一度は見たことのある光景だろう。ホストなのか、スカウトなのか、宗教なのか、セールスなのか、ただのナンパなのか。まだ1000円の男をはじめる前、ぼんやりと彼らを見ていたことがある。たまたま座っていた辺りが、その男のテリトリーだったのだろう。何度も何度も女性を求めて往復する姿を、何をするでもなく、体が冷え切るまで観察していた。

    その日の帰りの電車内。徐々に少なくなっていく街灯をぼんやりと目の中に流しながら、僕は先ほどの光景を反芻していた。

    最初の一声で足が止まった女性は、かなりの高確率で男性の話を長時間聞くことになる(その後、どうなるかは男性の話次第だろうが)。ということは、第一声で、女性の足を止めることができることが出来れば、成功率はかなり上がるのでは・・・。厚手のコートで身を包み、目を閉じながら、僕はそんなことを考えていた。もっとも、その時の僕は実際に声をかける立場になるとは思ってもいなかったが。


    初対面の女性の足を止めることができる、第一声。


    ただの暇つぶしにしては、面白い宿題だった。
    電車内や寝る前など、ふとした空隙にアイディアを練る。そんな作業が好きだった。シャンプーの時もそうだったが、人に発表をしなくても、新しいことを考え出したり、推敲をすることがとても楽しかったのだ。

    やがて、べとつく吊り革になんとか捕まる日々に忙殺され、僕は日々を細いオールで漕ぎ続けるのに精一杯になっていた。一人で物事を考える時間は減り続け、まだ見ぬ女性への宿題は、徐々に希薄になっていった。

    そんな冬の日。
    皮肉にも、女性へ声をかけるためのきっかけとなる言葉の元になったのは、僕へ別れを告げる言葉からだった。

    街中で声をかけられたことのある人も無い人も、応援のクリックをしてくれると嬉しいです。


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