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仙道緑(1000円の男)
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    不快な表現や、表現不足で忌諱に触れることもあると思いますが、何卒ご容赦下さい。

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    ■2006/05/02(火) シホ その2

    その後、シホさんと雑談を交えながら、今日の予定を決めることにした。「何でもしていい」と言われて、即座に希望を言える女性は少ない。シホさんも、唇を尖らせて悩みに悩んだ結果、結局はカラオケに行くと言い出した。

    僕は声が低いほうなので、曲のレパートリーは多くない。さらに致命的なのが、TVを全く見ないために、最近の曲が全然わからない。はっきり言って、カラオケのパートナーとして最適な人材とは言いがたい。そんな旨をシホさんに伝えたのだが、それでもいい、とシホさんは言う。
    「あたしも練習したい曲があるし、さ。いい機会だし、友達の前で歌わない曲とかも歌えるじゃん?それに、千さんの声は確かに低いけど、あたしは、いい声だと思うよ。」
    そう言うと、空になったガムシロップの容器やペーパーを片付け始めた。
    「さ、いこっ。」
    トレイを持って立ち上がると、シホさんの歩みに迷いはなかった。その歩調が意味するように、僕に選択権は無い。自分のトレイを片付けると、彼女が良く友達といくというカラオケへとついて行った。

    カラオケの内容は、特筆することはあまりない。
    僕の歌う、やや古い曲を彼女は殆ど知っていたし、彼女が僕にリクエストした曲も声の低いアーティストが多く、なんとか、ボロを出さずに切り抜けられた。とはいえ、「1000円の男」として、もう少しカラオケ全般は練習しなければいけないのかもしれない。そんな事を思っていると、あっという間に2時間目を告げる電話が鳴ったのだった。

    延長をせずにカラオケから出ると、辺りはかなり暗くなっていた。季節は春に差し掛かっているとはいえ、まだまだ夜の帳は腕が長い。徐々に飲み屋の灯りが灯されていく繁華街を見て、シホさんは名残惜しそうに
    「そろそろ門限だ。」
    と呟いた。そして、急に僕の腕を掴むと、
    「ねぇ、最後にプリクラ撮ろう。」
    と言って、ネオンで光る瞳を僕に向けた。

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    ■2006/05/03(水) シホ その3

    目の前に見える大きなゲームセンターのプリクラコーナーに入ろうとしたが、その店は男性は立ち入り禁止らしく、別の店へ移動する。
    僕が学生のころは、プリクラの機体はもう少し慎ましいサイズで、ましてや男女別などに分かれてはいなかった。離れているつもりはなかったのだが、友人に合わせて関わったりしていない間に、俗世は常に流れ続けているのだろう。
    僕が学生のときに撮った、苦笑いが貼りついているあのプリクラは、まだ誰かの手帳の中にいるのだろうか。・・・等と考えていると、シホさんが袖を引いていることに気づく。
    「ねぇ、背景はどれにする?」
    無数にある色とりどりの枠を、シホさんは嬉しそうに選んでいる。
    「はっきり言って、僕はプリクラを何年も撮ってないんだ。まるっきり初心者レベルだから、操作とかはシホさんにお任せするよ。」
    僕がそう言うと、シホさんは少し残念そうに頷いて、再びフレームや写真のサイズを選び始めた。ひょっとすると、僕は「夕飯は何でもいい」系のミスを犯したのかもしれない。そう思って少し後悔したが、シホさんはさして悩む様子も無く、慣れた手つきで選択を続けていく。
    「オッケー、じゃ、撮るよ。ポーズはどうする?」
    そう言ってシホさんが決定ボタンを押すと、背後から色つきの幕が降りてきて、強烈なライトが下から照らされる。なるほど、僕の時代より値段が上がっただけあって、色々な機能が付いているようだ。などと、感心している暇はない。目の前の画面では、カウントダウンが着々と進んでいる。
    「ポーズ?どうすればいいんだい?」
    僕がとまどっていると、シホさんは少し首を捻って考えると、僕の両腕を掴み、自分の肩の上を通して、僕の手を両手で掴む。年下の女性にリードされっぱなしで情けないが、この件に関しては経験の差は歴然だ。素直に彼女の頭の後ろから画面の奥にあるカメラを探すと、仄かに香る香水の他に、女の子らしい髪の匂いがして、少しドキリとするが、シホさんはそんな事に気づくそぶりも無く、破顔一笑で画面に向かっている。
    「3,2,1」
    録音された明るい声が、シャッターのタイミングを何度か告げると、今度は落書きをする為に、機体の裏に回れとディスプレイから指示をされる。
    「あ、落書きはあたしがするよ。ちょっと待っててね。」
    そう言うと、シホさんは一人カーテンの中へ入っていった。手持ち無沙汰ではあるものの、確かにこの僕に素晴らしい落書きができるとは、自分でも思えない。店の中を観察したりして時間をつぶすことにした。カラオケはともかく、ゲームセンターのプリクラは「1000円の男」をやっていないと、まず入る機会の無い場所だ。

    「はい、出来たよ。あれ?そっちのプリクラのほうがよかった?」
    僕が他の機体の説明文を熟読していると、シホさんが出来上がったプリクラを渡してくれた。軽くかぶりを振り、貰ったプリクラを見ようとすると、
    「あ、ダメ。恥ずかしいから、私がいなくなってから見て!」
    と制される。なぜ恥ずかしいのかはよくわからなかったが、その通りにすべく、鞄に入れる。シホさんも、「月曜日、皆に自慢しよっと。」と言って、大切そうに手帳にプリクラをしまう。固い笑顔が写っていないか心配だが、シホさんの自慢になるような物になったのなら、光栄だ。

    ゲームセンターを出、改札口までシホさんを送ると、シホさんは何度も手を振りながら、電車へ乗りこんでいった。門限は七時なのだろう。大人びた服装や化粧と、言動の節々に垣間見える子供らしさのギャップが、可愛らしい女性だった。


    家路へ向かう電車内。忘れないうちにと、鞄を開けて件のプリクラを見てみる。

    笑顔のシホさんと、そんなシホさんに抱きついた格好の僕。紛れも無く先ほどの瞬間を切り取ったものだ。・・・が、少々違和感があるとすれば、僕に猫の耳とヒゲが描かれ、「シホのもの。1000円でお買い上げ!」と、矢印で注釈がされている事だろう。
    僕は表情を崩さないように苦労しながらプリクラをしまい、鞄を閉じると、このプリクラを部屋のどこに隠そうか思案をしながら、まぶたを合わせて、座席に深くもたれかかった。

    さようなら、シホさん。お友達に誤解をされないようにね。

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    ■2006/05/05(金) カミサマ

    ある土曜日の夕方。駅前の通りで、ベンチに繋がれて主人を待つ犬を触っていると、二人組の宣教師に話しかけられた。
    きっちりとアイロンのかけられたスーツにリュックサックという、アンバランスな格好をした彼等は、たどたどしい日本語で、神様について僕と話したいのだと言う。

    普段の僕なら大多数の日本人と同じく、愛想笑いで通り過ぎるところだったが、たまたまその日は、ほんの数十分前まで「1000円の男」として女性の相手をしていて、神経が外側に向けられたままになっていた。流石に人のよさそうな彼等から1000円を貰う気にはなれなかったが、これも何かの縁だと思い、道のど真ん中でベンチにも座らずに宗教談義をする事になった。今思えば、失礼な質問を投げかけたりもしたが、宣教師の二人は丁寧に答えてくれた。彼らが何を言おうと、信じる気は全く無いというスタンスで挑んだのに、根気良く付き合ってくれたのはありがたいことだと思う。

    そもそも、僕個人が神様を信じないだけで、その存在を否定するつもりも肯定するつもりも無かった。ただ、「1000円の男」として、「神を信じる人間」というものを観察したかったのだ。人は、色々な形で不幸からの逃げ道を作ろうとする。それを信じて幸せなのなら、神だろうと金だろうと、何を信じるのも個人の自由だ。僕がそう告げると、宣教師の二人も、その考えを理解できると言っていた。

    ただ、死後の世界が存在するかの話は、いつまでも価値観がかみ合わないままだった。死後、偉大な神の元で存在ができるという彼等の希望は、僕個人のそれとはかみ合わないものだった。
    彼らから見れば、東洋的な哲学なのだろうか。この、退屈で長い長い人生が終わった暁には、ちゃんと無にかえして欲しいと、僕は思う。いつかはわからないその時がくるまで、僕はせっせと道行く女性に声をかけ、暇を潰して貰い続けているのだ。その上、女性達からお金をいただいているのだから、望外であろう。

    ・・・もっとも、そんな実情は彼らには言えなかったし、言うつもりもなかったのだが。

    神様は、神様の元にいたくないという僕の願いを叶えてくれるのだろうか。
    残念ながら、僕がせっせと貯め続ける1000円札では、その御心は動かせそうにない。

    興味深そうに視線を投げる通行人からは、鼻っ柱の強い若造が、宗教という巨巌に挑戦をしているかのように見えたのだろうか。時々、幾人かが冷やかし半分で立ち止まり、やがて僕たちと目が合うと、どこか照れたように歩き始める。

    気が付けば、繋がれていた犬は消えていた。幸せが待つ家へと、飼い主と共に帰ったのだろう。その日一番和ませてくれた彼に、お別れの挨拶くらいはしたかったのだが。

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    ■2006/05/07(日) タカコ

    ラジオで天気予報士が嬉しそうに語った通り、その日は春らしい陽気が街に差し込んでいた。
    僕はその日も街に出て、少し早めに前を歩いていた女性に、声をかけていた。
    髪の色はナチュラルブラウン。白地に小さく花柄が散りばめられたロングワンピースに、薄いピンク色のジャケット。大き目の鞄はヴィトンではなく、ピンクのシャネル。身に着けている物は高級品だが、水商売をする人が独特に持つ脱力感がなく、引き締まった歩き方をする人だった。

    お嬢様という人種なのかもしれない。そう考えながら話しかけたが、僕がお決まりの台詞を言っている間も、僕がそこに存在しないかのように、一度も僕と目を合わせること無く、通り過ぎていった。
    特段、珍しいことではない。むしろ、当たり前の反応だ。さっさと諦めて、他の人に声をかけようと踵を返そうとした瞬間、彼女の足がピタリと止まったのが、視界の片隅に入った。同じペースで追いかけていたら、ぶつかっていたかもしれない。
    「な、なんでもするって、どういうことですか。」
    固く鞄の紐を握り締め、俯きながら僕に質問を投げかける。知らない男性と話したせいなのか、明らかにその声は緊張していた。
    「額面通りだよ。犯罪や、不可能なこと以外なら、1000円で今日一日、あなたの好きなことをしてあげるよ。」
    そう言うと、僕は喫茶店を指差した。
    「もしよければ、そこの喫茶店で話をしませんか?ルールを説明しますよ。」
    そう言うと、その女性は視線を伏せたまましばらく考え、やがてゆっくりと頷いた。肩にかけた鞄の紐を持つ手は、まだ、きゅっと締まっていた。

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    ■2006/05/08(月) タカコ その2

    アイスソイラテを手に抱え、僕からルールの説明を受けるタカコさんの目は真剣だった。時折、唇を濡らす程度にストローに口をつけたが、それ以外は余計な話や質問は一切無かった。
    「で、何か質問はありますか。」
    ルールを説明し終わり、僕が尋ねると、タカコさんは驚いたかのように顔をあげた。自分の胸の中で、何かを考えていたのだろう。
    「あ、あのっ、私は・・・男の人とこういう事を、したことがなくて・・・。」
    顔を赤くして出した言葉は、小声でたどたどしく、小鳥の様なか細い声だった。やはり、お嬢様なのだろう。僕の中で、段々とタカコさんのイメージが固まってきた。

    「大丈夫。1000円で男性を好きにするなんて人は、同世代の子でも、きっと殆どいませんよ。」
    そう言って、僕は指を組み合わせる。
    「何か、ないですか。普通ならできないけど、やってみたかった事。一生に一度くらい、こんな日はあるものですよ。」
    僕の甘言は、赤くなったタカコさんの耳に届いているのだろうか。なんだか、自分が詐欺師のような気がしてきた。

    「・・・してくれるんですよね。」
    下を向いて小さく、タカコさんが呟いた。言葉を聞き逃さないために、少し前かがみになって音を拾う。「なんでも、してくれるんですよね。」
    どうやら、お買い上げは決まったようだ。安心した僕は、ゆったりと椅子に腰をかけ直し、背もたれに腕をかけて、言った。
    「なんでも、するよ。してほしいことは、決まった?」
    「裸にも、なってくれるんですよね。」
    背もたれにかけた腕が、がくりと落ちそうになる。驚いてタカコさんの目を見たが、相変わらず真剣そのものだ。意を決したタカコさんの口からは、思ってもいなかった言葉が飛び出てきた。

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    ■2006/05/09(火) タカコ その3

    「脱ぐ?・・・別にいいけど、ここで?」
    辺りを気にしながら声を潜めて僕が言うと、タカコさんは驚いたように顔の前で手を振った。
    「い、いえ、ここじゃなくて・・・。どこか、人のいない・・・。」
    と言って、口ごもってしまった。ホテル、という単語を口にするのが恥ずかしいのだろう。
    「お望みならば、勿論脱ぎますよ。ただ、理由を教えてもらえると嬉しいかな。」
    そう言うと、タカコさんの視線は再び机へと落ちる。タカコさんの中で、人生最大のピンチの一つなんだろうな、と考えると、待つのも苦にはならなかった。

    「1000円の男」が良く使う、駅構内にある喫茶店は、いつも待ち合わせや時間を潰す人で溢れ、喧騒と携帯電話のメールが攪拌されている。タカコさんが思案している間、僕はのんびりと店内の人間を観察していた。いつもバイトに入っている青年は、毎回違う女性と店に来る僕をどう思っているのだろうか・・・。
    などと考えていると、誰かがグラスを机に置いた音と同時に、タカコさんの小さな口が開いた。
    「私、趣味で絵を描いているんです。今日は、スケッチブックを持ってきてないけど、ノートと鉛筆ならあるから、絵を描きたいんです!」
    最初はか細かった声は、次第にトーンがあがっていた。隣のテーブルで机に突っ伏して寝ていた若いサラリーマンがゆっくりと頭をあげると、煩そうに視線を送ってくる。タカコさんの言葉が嘘か本当かはわからなかったが、信じるには足る理由だ。一応、納得をすることにする。

    「なるほど。理由はわかりました。別に僕の鍛えてない体でよければ、一肌脱ぎますよ。」
    そう言うと、僕は手の平を天に向け、
    「それでは、話も決まったことだし、そろそろ行きましょうか。」
    と促して、タカコさんを立たせる。タカコさんの頼んだアイスソイラテは、結局殆ど飲まれないままだった。寝不足といった表情の、隣のサラリーマンは、怪訝そうな目で僕たちを一遍眺めると、再び腕を組んで目を閉じた。

    コンビニで飲み物を買うと、僕たちは殆ど会話も無いまま、ホテル街へと足を運ぶ。殆どの娯楽施設がそろっているのが、この街のいい所だ。買い物を除けば、僕個人が利用することは無いが、1000円の男には、とても使い勝手がいい。

    休憩・宿泊と書かれた看板の前に立つと、タカコさんは珍しげに辺りを見回した。普段、この辺りには立ち寄ることも無いのだろう。
    「さ、入りましょう。」
    僕がにっこりと微笑んでそう言うと、タカコさんは強張った表情で、ゆっくりと頷いた。二人で、入り組んだ形の入り口を通り、フロントへと足を運ぶ。彼女の春らしい爽やかなファッションが、ラブホテルという場所で妙に悲しく見えたのは、僕の気のせいなのだろうか。

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    ■2006/05/11(木) タカコ その4

    部屋に入った僕は、机の上に鞄を置くと、部屋を物珍しげに眺めるタカコさんの前に立ち、シャツの袖のボタンに手をかけながら言った。
    「さて、脱ぐというのはどこまで脱げばいいのですか?」
    それまで泳いでいたタカコさんの視線は、僕が胸のボタンを外しにかかると、その手に釘付けになった。ゴクリ、と唾を飲む音まで聞こえてきそうなほど、動作が固くなっている。
    「ズボンは?パンツは?上(上半身)は脱いでもいいんですよね。」
    そう言うと、シャツを脱いで、皺にならないように椅子の上にかける。
    「恥ずかしく・・・ないの?脱ぐことは。」
    インナーのTシャツを脱いで上半身裸になると、タカコさんが口を開いた。僕はTシャツを簡単にたたみながら、タカコさんと視線を合わせる。
    「別に、恥ずかしくないですよ。僕が鈍いほうなのかもしれないけれど、全裸でも別に緊張しませんね。」
    椅子の上に、たたんだTシャツを置く。気が付けば、タカコさんはまだ部屋に入ったときの格好のままで、鞄すら肩にかけたままだった。
    「そう・・・。下は、脱がなくていいです。」
    そう言うと、タカコさんは僕のほうへ向かってゆっくりと歩いてきて、僕の心臓の辺りに手のひらを当て、顔を近づけると、「ハァ」と熱い息を僕の肌に吹きかけた。
    「やっぱり・・・、男の人の体って綺麗ですね。」
    舐るように、引っかくように、タカコさんの手は僕の体の輪郭を確かめる。水気が含まれた熱い息に比べ、タカコさんの手は驚くほど冷たい。

    ふと、タカコさんの肩から鞄が無造作に落とされた。それで自由になった両手は、休むことなく僕の体を観察し続ける。二人の間に会話は無く、ただ、タカコさんの呼吸と僕の心音が、部屋の中で交じり合っていた。

    両手で顎を撫でられた時、床に転がるシャネルの鞄が目に入った。ああ、あれは彼女の抜け殻なんだ。捕らえられたのは、僕の方なのだ・・・。そんな考えが、頭をよぎった。


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    ■2006/05/13(土) タカコ その5

    淑女というピースが零れ落ちたタカコさんは、彼女なりの不器用な作法で、僕の体を貪った。無言で襲い掛かってくるとてつもない熱情に、僕は無抵抗だった。彼女の豹変ぶりに戸惑っていたのもあったが、タカコさんの開放された欲望がどこへ行くのか、大いに興味があったのだ。

    ベッドの上に座らされた僕を見下ろす格好で、タカコさんはミネラルウォーターが入っているペットボトルのキャップを開けると、少しずつ、僕の鎖骨の窪みに水を注ぎ始めた。さっきコンビニで買ったばかりのミネラルウォーターは、冬の金属のように冷たい。少し身震いをすると、鎖骨に満たされた水が胸へ臍へと零れる。タカコさんは膝を折って、目を瞑って長い舌でその水を味わう。
    どこで習ったのか、または習っていないからなのか、彼女の行為はオリジナリティーとアブノーマルが交じり合い、ガソリンのように燃え上がっていた。

    腕を回して僕の眼球を丁寧に舐めているとき、不意にタカコさんの携帯が振動した。タカコさんは無言で煩わしそうに床に置いてある鞄を見ると、中から携帯を取り出して光る液晶を見る。
    「・・・時間だわ。」
    それがメールなのかタイマーなのかはわからないが、携帯を閉じるとタカコさんはすっと立ち上がり、髪の毛の乱れを直し始めた。
    へとへとだった僕も、その言葉を聞いてのろのろと服を着始める。体中にキスマークがついていたのに気づいて、少し背筋が寒くなる。
    タカコさんに「お嬢様」の仮面がちゃんと着いているのかじっくり観察したかったのだが、あいにくそんな元気はなかった。体の何割かが影になってしまったような、重い疲労感が僕を縛っている。1000円の男をやっていて、一番疲れた日だった。

    帰りの準備をすると、無言で僕らは部屋をでる。フロントでお金を払うタカコさんには、先程見せていた蛇のような仕草がすっかり取れていた。
    「それじゃ、時間も無いので失礼しますね。」
    ホテルを出て、笑顔で別れるタカコさんを、僕は阿呆の様に見送るしかなかった。ただ、帰ってシャワーを浴びて寝たい。その時の僕にはそれしか頭になかった。

    僕等の間には、キスもセックスも無かった。ただ、タカコさんの熱い吐息が、決してそれが子供の様な純粋な遊び心ではないことを証明していた。僕らがその一線を越えなかったのは、豹変したタカコさんにも守るべき何かがあったのからではないか、と思う。それがプライドなのか、純潔なのかは、今となってはわからないが。

    さようなら、タカコさん。人形遊びは程々に。

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    ■2006/05/15(月) モンドウ

    「趣味とかは、あるの?」
    「これ(1000円の男)以外に?」
    「ええ。」
    「趣味か。そうだな、雨の中を濡れて歩くのが好きかな。」
    「変な人。そんなの、履歴書に書けないでしょ。」
    「履歴書には、読書って書くかな・・・。ありきたりだけど。」


    「タバコ、吸わないの?」
    「うん。タバコだけじゃなくて、お酒もお茶もコーヒーも、嗜好品の類は口にしないね。」
    「カフェオレ、飲んでるじゃない。」
    「ガムシロップを入れれば、甘いからね。甘いものは、少し好きだよ。」


    「本当に、1000円でいいの?」
    「いいよ。別に、それ以上払いたいなら、払ってもいいけど。」


    「ホストの人?」
    「ホストでも、スカウトでもないです。よく疑われるけど。」


    「自慢できることとか、ある?」
    「道に一度も唾を吐いたことが無いことかな。」

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    ■2006/05/16(火) アキコ

    陽気が溢れる空気に模様をつけるように、桜の花びらが混じり、子規が歌う。アキコさんと会ったのは、そんな、誰の目から見ても春という日だった。

    「して欲しいこと・・・。そうね。それじゃ、一緒に散歩してくれるかしら?」
    アキコさんは、そう言って僕を見つめた。
    白い肌、目の下の隈、そして何より、少し痩せすぎの四肢が、その整った顔立ちに儚さを織り交ぜて、ハッとするような奇妙な美しさを持つ女性だった。
    「毎年行っている公園があるんだけどね。今年はドタバタしていて、まだ行ってなかったの。よかったら、そこに一緒に行ってくれない?」
    無論、僕が断るはずがない。ゆっくりと頷くと、アキコさんも少しだけ微笑んで頷き、東横線の切符を買いに行った。足音を立てずに歩くその後姿からは、僕が声をかけたときに感じた、ふと余所見をすると消え去りそうな印象が、より強くなっていた。

    長い間空に燻っていた、冬の灰色の雲が消えた街は、明るい日差しを受けて、コンクリートのビルヂングですらもキラキラと輝いていた。僕達は、ぼんやりと窓の外を見ながら天気や街の話なんかをして、電車が僕達を目的地の駅へ運んでいくのを待っていた。車内に流れるアナウンスの駅に、僕は初めて降りる。アキコさんは、街中が変わっていないことを少し見回して確認すると、
    「こっちよ。」
    と言って歩き始めた。

    駅から少し歩いたところにある、池を囲んだその公園も季節の例外なく、柔らかい陽光の中で春を謳っていた。ただ、いつしか握られていたアキコさんの冷たい手が、冬の楔のように、僕が春に入るのを止まらせていた。

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    ■2006/05/17(水) アキコ その2

    ぐるりと公園を見て回り、自動販売機で暖かいお茶を買うと、僕とアキコさんはベンチに腰をかけた。
    ぽつり、ぽつりと、アキコさんは自分のことを語り始める。

    両親が離婚しそうなこと。今付き合っている恋人と、結婚をするか迷っていること。仕事の悩みのこと。外国の友達が、音信不通になったこと。
    そして、それら全てを考えて、夜眠れないこと。

    切々と語られる悩み事の数々が、アキコさんの細い肩を縛り付けているのだろう。散りゆく桜を見ながら、アキコさんは微かに目尻を濡らしていた。

    初めて会っただけの人間が、無責任な言葉をかけるわけにはいかない。そう思いつつも、話を聞きながら、何か元気の付く言葉がないかと、あれこれ考えていると、ふと肩に心地のいい重みがかかる。
    「すこし、こうしていいかな。」
    そう言って、アキコさんは目をつむる。黙って肯くと、アキコさんは安心したように深く、深く息を吐いた。悩みや疲れを吐き出すかのように、深く、深く。

    桜は満開だったが、幸いなことに酔客や花見の団体はおらず、僕達が過ごした公園は、程よく雑音に満ちていた。一度だけ、アキコさんの肩にマフラーをかけた以外、僕はずっとアキコさんの静かな寝息を聞いていた。繋がれた手が、少しずつだが暖かくなっていった事が、妙に嬉しい。

    日差しを浴びながら、息を吸って、息を吐く。肩につもる桜の花びらだけが、時間が流れていることを教えてくれていた。

    さようなら、アキコさん。どうか、健やかに。

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    ■2006/05/18(木) カフェ

    仕事帰りに、個人的に「1000円の男」で良く使っているドトールに入った時のこと。

    店内でアイスカフェオレを頼み、会計をすませると、若い男の店員が
    「今日はお一人なんですね。」
    と、声をかけてきた。顔を見ると、確かに見覚えがある。「1000円の男」をやっているときに、良く見る店員だ。
    「ええ。仕事帰りなので。」
    と、軽く自分のネクタイをつまみ、適当に空いている席を探す。
    休日になると、毎回違う女性を連れて店に入る男。毎日大勢の客が代謝されていくこの喫茶店でも、多少目立つ客なのかもしれない。

    女性といるときには少ししか(もしくは、全く)入れないガムシロップを、アイスカフェオレにたっぷりと垂らして、ぼんやりと駅を行きかう人達を見る。もしかすると、以前会った女性が通るかもしれない。その時、僕はなんて話しかければいいのだろう。そして、話しかけられたときはどうリアクションをすればいいのだろう。

    時々、こうしてくだらない些細なことを考えないと、頭の回路が詰まっていく気がする。目を閉じて、頭の中で保留にしている事項がもう無いことを確認すると、小さくかぶりを振って、空になったグラスを下げにいく。
    「ご馳走様。」
    と、先ほどの店員に声をかけると、
    「ありがとうございました。」
    と元気良く返事が返ってくる。

    さようなら。また、休日に女性を連れてきますよ。今日は、僕はただの男なのです。


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    ■2006/05/19(金) ナツコ

    長く待ち望んだ春を、確かに迎えたその日。重いコートをクリーニングに出し、身軽になった人たちが、何かを探して街をかきまぜていく。僕は、その日も声をかける女性を探していた。

    「こんにちは。もし、お暇でしたら、今日一日僕を1000円で買いませんか。」
    僕が声をかけたとき、不思議とナツコさんは全くたじろぐ様子がなかった。
    普通、見知らぬ男性から声をかけられた女性は、手を強く握ったり、唇を噛んだり、腕を組んだりして、無意識のうちに何かしらの緊張のサインを見せるのだが、ナツコさんは、まるで家族に呼ばれたかのように、自然体で振り返って僕を見るだけで、他人への防御反応が殆ど無いかのように見えた。

    「1000円?随分と安いのね。で、1000円で、何をしてくれるの?」
    優雅に答えるナツコさんには、やはり場慣れをしているという雰囲気がある。良く見れば、洋服も派手ではないが、しっかりとした高級品ばかりだ。
    「お望みの事は、何でもしますよ。不可能なことや、法律に触れることじゃなければ。」
    僕がそう答えると、ナツコさんは肩にかかった髪をかきあげて、
    「へぇ、面白そうね。それじゃあ、丁度一人だったし、買い物に付き合ってもらおうかな。」
    と言って、微笑んだ。その言葉と仕草は全て肯定的な意味を持つものだったのだが、僕の頭には、言葉にできないもやもやとした違和感が蔓延する。
    (この気持ちは、なんなのだろう。何かが、いつもと違う気がする。)
    そんな思いが、一瞬だけ電流のように光って頭に流れたが、折角出会えた女性だ。そんなことで断る理由にはならない。
    「買い物ですか。荷物持ちでも、なんでもしますよ。」
    そう、僕も微笑み返して答える。何はともあれ、契約は笑顔で始まった。

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    ■2006/05/20(土) ナツコ その2

    「僕の名前は1000円の男。・・・ですが、呼びにくかったら、仙道とでも呼んでください。」
    まだナツコさんの名前を聞いていなかった僕は、買い物客が溢れるデパートのエスカレーターで、思い出したように自己紹介をする。
    「私は、ナツコ。銀座でホステスをしています。」
    そう言うと、ナツコさんは長いまつげをあわせて、軽く会釈する。動作の一つ一つが洗練されているので、何か特殊な職業ではと思っていたが、これで納得がいった。

    僕は、数年前に上司に連れられて行ったキャバクラ以外、風俗全般には行ったことが無い。当然、銀座のホステスという職種の人には会ったこともなかった。「1000円の男」で、キャバクラをしているという人には会ったことがあるが、ナツコさんはその女性とは全く別の雰囲気を醸し出していた。

    「道理で、身のこなしに品があると思いましたよ。」
    「あら、嬉しいわ。」
    そんな言葉は、言われなれているのだろう。僕の素直な感想を軽くかわし、ナツコさんは婦人服売り場に降り立つと、颯爽と歩き出して店に入っていく。あらかじめ、買いたいものを決めているのかなとも思っていたのだが、そうではなかった。普通の人はまず自分の食指が動くものを選び、その後でその中から予算と相談して選ぶものだが、ナツコさんは、良いと思ったものを全て買うのだ。レジに表示される6桁以上の金額を、無表情のまま、カードで淡々と払っていく。虫も殺せないような顔で、豪胆な買い物をしていく様は、爽快とも、空恐ろしいとも言えた。

    「仙道さん、スーツとかはご入用じゃないの?」
    という恐ろしい言葉を丁寧に断り、僕は増えていく買い物袋を手に抱えて、彼女の後をついてまわる。ブランドで着飾ったマヌカン達が、店の外でポツンと待つ僕を、ガラスの向こうから笑っていた。


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    ■2006/05/21(日) ナツコ その3

    まるで漫画に出てくる買い物客の様に、僕の両手がブランドの袋で塞がるのをみて、ナツコさんは
    「ちょっと買いすぎたかしら。荷物を持ってくれる人がいたから、ついつい買いすぎちゃったわね。」
    と、笑った。レジを見ていないときもあったが、僕の両手には確実に7桁分の洋服が預けられている。

    「近くの駐車場に車をとめてあるから、そこまで運んでくれるかしら。」
    という言葉に頷き、ナツコさんの後を追う。ナツコさんが購入したのは、春物の洋服ばかりだ。一つ一つはたいした重さではなかったが、競うように大きくロゴマークが描かれている紙袋が、嵩張ってしょうがなかった。

    「随分、買いましたね。職場に着ていく服ですか。なんとなく、銀座の女性は着物っていうイメージがあったんですけど。」
    歩きながらナツコさんに訊ねると、ナツコさんは、振り返って笑顔を見せる。
    「職場では着物だから、これは個人的な洋服よ。着物は、都内に着物を置くための部屋を借りて、全部そこに入れてるわ。」
    驚かされるような言葉にも、嫌味はない。ナツコさんに・・・というよりは、ナツコさんの働く環境にとっては、当然のことなのだろう。
    「やっぱり、お金って難しいのよね。お金が余って、使い道が見当たらないような偉い人達が、うちみたいな高いお店にお金を落として、そのお金が私達に入る。でも、そうやって頂いたお金も、中々上手に溜めることができずに、こうやって使わない洋服に消えちゃうの。」
    ふと、ナツコさんは空を見上げる。雲一つ無い、とまではいかないが、堂々とした青空が、街の喧騒を吸い込んでいる。
    「私も、ね。昔は、お金を貯めてやりたいことが、結構あったんだけど・・・。やっぱり、こういう派手な世界で、お金を貯めるのって難しい・・・って、言い訳かな。」
    小さな口から聞こえる、ナツコさんの高い声が、その時は何故か鉛のように重く感じられて、僕は返事ができなかった。暫く無言になったまま、僕達は駐車場へと足を運んでいく。


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    ■2006/05/23(火) ナツコ その4

    駐車場で主を待っていたのは、右ハンドルではあるものの、予想通り、誇らしげに黒光りする高級車だった。
    「ありがとう。助かったわ。」
    というナツコさんの言葉を受けて、後部座席に買い物袋を一つ一つ並べていく。まるでファッションショーの様に有名なロゴマークが横一列に並ぶ様は、中々圧巻だ。
    「折角付き合ってもらったんだし、この後、食事でもしたいんだけどね。明日はお客さんとゴルフのお付き合いがあるから、あんまりゆっくりしていられないの。」
    そう言うと、ナツコさんは運転席に乗り込む。僕は、何も言わずに頷く。
    「乗って。駅までだけど、送っていくわ。」
    その言葉に促されるままに、僕も助手席に座る。携帯をチラっと見た後、シートベルトを締めながら、ナツコさんがボソっと呟いた。
    「こんなところ、職場の人に見られたら、ツバメを飼っているって思われちゃうかな。」

    冗談で放っただろうその言葉と、ナツコさんの肩にかかったシートベルトを見て、再び僕の背筋に電流が走った。
    サイドブレーキを解除するナツコさんの左手を、悟られないように、ゆっくりと見る。

    そうか。やっと、最初に感じた違和感がわかった。
    それはただの直感で、何の証拠もないし、本人に聞くこともできない。僕の勝手な思い込みの可能性も十分にある。
    ただ、その直感が当たっているのなら、あまりに悲しいことだった。

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    ■2006/05/24(水) ナツコ その5

    ナツコさんは、美しい。そして、その髪型や服装は、若々しく、快活な印象を与える。
    しかし、ナツコさんの首と手の甲は、僕の目にはどう見ても40台の人のものにしか映らなかった。僕に整形やメイクを見破る術はないし、僕の勘違いかもしれない。むしろ、そうであって欲しいと思うくらいだが、ちっぽけだけど固い、靴の中の石のような確信が、僕の中に生まれてしまった。
    彼女が、その美しい顔とスタイルを保持するために、一体どれだけのお金とエネルギーが注がれているのだろう。ナツコさんが背負うもの。そして、抗うもの。人に歴史ありとは言うが、瞬時に彼女の影のような部分を見てしまった僕は、接客のプロであるナツコさんに動揺を悟られまいと、必死だった。

    やがて、ブランド品と、銀座のホステスと、1000円の男を乗せた高級車は、二人が出会った駅前に到着する。送ってもらったことへ礼を言い、シートベルトを外す僕の膝に、そっとナツコさんの手が置かれた。僕が運転席へ体を向けると、ナツコさんも素早くシートベルトを外して、僕に唇を重ねた。

    見事な早業。
    そして、三秒間だけの柔らかいキス。

    「銀座の女の、キスよ。味わって、ますますいい男になってね。」

    そう言って、僕の唇を人差し指で触る。
    やはり、手練手管と言うべきか。ナツコさんは、心を捉えるプロフェッショナルだった。

    静かに発進するナツコさんの車を見送った後で、僕は1000円を貰い忘れているのに気づいた。
    料金を貰い忘れるのは、1000円の男をやっていて、初めてのことだったが、ナツコさんがいくら払おうとするのかを想像して、たまにはタダ働きも悪くないか、と思い直す。
    さっきまで煌くブランド品の数々を持っていた両手をポケットに突っ込んで、僕は家路へと向かった。

    さようなら、ナツコさん。色々、勉強させていただきました。あなたが、いつまでも美しくあらんことを。

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    ※ナツコその2で、ナツコさんの名前が全部「ナツミ」になってました。ごめんなさい!(修正済み)
    ※最近、ランキングがあがってきて嬉しい限りです。皆様、ありがとうございます。
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    ■2006/05/25(木) マチボウケ

    「ここで待ってて。ATMでお金を下ろしてくるね。」
    今は小銭しか持っていないという、小柄なサングラスの女の子が、そう言って銀行の自動ドアの中へと入っていったのが10分ほど前。

    彼女より後に入った人が店から出てきたのを見て、僕も銀行の中へ入ってみる。待つことは嫌いじゃないが、不安を感じることは好きじゃないのだ。

    銀行に入ってみて最初に目に入ったのが、通りの逆側へと繋がるドアだった。案の定、店内には彼女はおらず、自動音声のATMだけが、僕を迎えてくれた。

    怖くなったのか、銀行にもお金が無かったのか。または、最初から僕を撒くために店に入ったのか。その心はわからないが、逆側の扉から足早に出るとき、あの子が日常では味わえないドキドキを感じてくれたのなら、それはそれでいいか。そう思うことにした。

    どんなに優しくしても、カード無しではATMの中の女性から1000円を頂けそうにはない。
    いつもよりも随分早く、僕は家路へと向かった。

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    ■2006/05/26(金) ユカ

    備え付けの安っぽいシャンプーのボトルを持って少し物思いにふけった後、僕はユカさんの方へと振り返った。薄暗い室内で虹色に輝くジャグジーが、彼女の鎖骨を安っぽく光らせている。
    「ねぇ、なんでシャンプーのボトルって、底が平らなんだろうね。」
    「え・・・えっ?なに?」
    ジャグジーを楽しんでいた時に急に声をかけられて、ユカさんは話が飲み込めていないようだ。
    「いやさ、シャンプーの最後の方ってどうしても上手に使いきれないことがあるでしょう?しょうがないからキャップを開けて、直接使ったりしたことない?」
    「ああ、うん。あるある。」
    話を理解できたらしく、ユカさんはうんうんと頷く。
    「あれって、底が平らだから、残っている中身を上手く吸えないと思うんだ。もし、底がUの字だったら、一番深いところにシャンプーの残りが溜まるから、そこにストローを固定するようにすれば、最後まで上手に使いきれると思わない?」
    僕がボトルを持ち上げながら熱心に説明をするのを、ユカさんは真剣に聞いている。
    「うーん、そうかもね・・・考えたこともなかったわ。いつも、こんなこと考えているの?なんだか、発明家の人みたい。」
    肩にお湯をかけながら、ユカさんが真剣な目で聞いてくる。僕が思った以上に、シャンプーの話に感心してくれたようだ。
    「いや・・・。さっき使った、とあるゴム製品を見て、ふと思いついたんだけど・・・なんだか言わないほうがよさそうな空気だから、それは黙っていることにするよ。」
    「・・・。」
    「・・・。」

    ジャグジーの泡の音だけが、浴室を包む。

    「真面目な人に見えたのに。あたし、だまされた。」
    チャポンと、ユカさんが首のところまでお湯に隠れると、ショートカットの髪の毛が、湯船の泡に触れて黒く濡れた。
    「うんうん。見た目で判断しちゃダメって、いい勉強になりましたね。」
    白々しく、僕が答える。
    「そうね・・・。でも、こんなこと、多分もう一生無いから大丈夫だよ・・・。」
    そう言ってユカさんが笑うと、ジャグジーがブルーからピンク色に変わる。そのあまりに出来すぎたタイミングに笑うと、ユカさんも心から嬉しそうに、微笑んだ。
    こんな僕達も、明日は他人・・・。そんな考えを頭から振り払い、手を伸ばしてユカさんの頭に触れる。まだ、もう少し幸せな時間は続くのだ。

    さようなら、ユカさん。普段はもう少し真面目な人間なのですよ。

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    ■2006/05/27(土) エゴイスト

    その日も僕は、1000円の男になるために、空席の目立つ休日の電車に揺られていた。
    見えない誰かの欲望がむき出しにされている、扇情的な週刊誌の中吊り広告に少々うんざりした僕は、なにをするでもなく、窓の外をぼんやりと見ていた。

    車内に何度かアナウンスが流れた頃。ふと、はす向かいの女性が目にとまった。特に目立つ特徴がある人ではなかったのだが、両手に携帯電話を持って、実に嬉しそうにメールをしている様子が、車内で一人輝いていたのだ。

    メールを打つ。携帯を閉じる。携帯を手から離さずに、目を瞑ってメールを待つ。
    メールが来る。急いで携帯を開ける。満面の笑顔になる・・・。

    片思いをしている男性からのメールなのだろうか。見ているこちらが照れくさくなるくらい、携帯電話で幸せを満喫している人だった。

    やがて、電車は僕の目的地へと到着する。ゆっくりと席を立つと、はす向かいの彼女も窓の外の景色を見て、慌てて立ち上がる。

    この電車から降りて、ホームに立てば、僕は1000円の男になる。
    ドアから出たら、すぐさま振り返って、彼女に
    「僕を1000円で買いませんか?」
    といいたい気持ちが、心のどこかに湧き上がる。

    ・・・だけど。

    あんなに嬉しそうな笑顔の人には、1000円の男は不要だろう。
    そしてなにより、今日あの子が布団の中でクスクスと思い出すのは、あのメールのことであってほしい。そんな、誰にもわからないエゴで、僕は一人ホームの階段を下っていった。

    さようなら、名前も知らないあなた。いつか、もっと不幸な顔をしているときに、お会いできたらと思います。

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    ■2006/05/29(月) ヒロコ

    「あなた、いいお尻してるわね・・・。」
    トイレから帰ってきた僕に、ソファに腰をかけたヒロコさんが艶っぽい視線を送りながら言った。時刻は22時。舞台は、ファミリーレストラン。1000円の男として、二人でカラオケに行った後、ゆっくりと話ができる場所をということで、ここに移動してきたのだ。

    「お尻、ですか。あんまり言われたことがないのですが。」
    自分の腰をチラリと見た後、椅子の背を引きながら、僕が言う。
    「そう?中々、イイモノを持ってるわよ。」
    そう言って、ヒロコさんは足を組みなおす。動作のピリオドに必ず色香が混じるような、そんな女性だ。
    「ありがとうございます。でも、自分でそう思ったこと無いから、いまいちピンとこないんですよね。できれば、どこが評価できるのか、具体的に教えてもらえませんか。」
    椅子に腰をかけて、僕も足を組む。ヒロコさんは、視線を受け止められるのを好むタイプの女性だ。ゆっくりと、視線を絡ませる。
    「具体的?」
    「ええ。大きいほうがいいのか、サイズはどうなのか、形に優劣はあるのか・・・。できるだけ細かく。」
    「あなた、理屈っぽいのね。」
    「それはよく言われますね。」
    しっとりした微笑みを浮かべると、ヒロコさんは、ちょっと背骨を伸ばして天井を見た。
    「そうね・・・。まず、基本的に締まったお尻がいいわね。大きいお尻が好きっていうのは、少数派だと思うわ。当然、腰もある程度細いほうがいいわね。そして、お尻から下。つまり、足がある程度スラっと長ければ、ベストね。」
    そう言って、ヒロコさんは長いタバコに火をつけた。ヒロコさんなりに照れているのだろう。天井に向かって深く息を吐くと、その煙の行く末を目で追っていた。

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    ■2006/05/30(火) ヒロコ その2

    「あなたは、何かフェティシズムを持っているの?やっぱり、胸とかかしら?」
    長い指で頬を支えながら、ヒロコさんが聞いてくる。会話に出てきた胸という単語が、その豊満なバストに強力な引力を与える。
    「フェチですか・・・。」
    視線が下がらないように、わざとらしく天井を見て考える。ヒロコさんには、そんな動作もお見通しなのだろうか。
    「そうですね。特にパーツとして強く惹かれる場所は無いように思います。例えば、胸が大きくても大きくなくても、本人が自分の胸を気に入っていれば、それでいいかな。」
    ふうんと、ヒロコさんはつまらなそうに答える。
    「でも、胸に悩みを持たない女の子なんて、いないのよ。男と違って、女の子は皆、体のどこかに何かしらの悩みを抱えているのよ。」
    「そんなものですか。」
    「ええ、そんなものよ。あなた、体のどこかに、コンプレックスないの?」
    そう言って、ヒロコさんは灰皿に灰を落とす。
    「コンプレックスですか・・・。」

    ヒロミさんの目は、真剣そのものだ。僕は、若干混乱しながらも、意識を深く沈めて考えてみる。長年連れ添ってきてくれた、肉体というパートナーに対して失礼なのかもしれないが、僕は自分の体について、そこまで深く考えたことがなかったのだ。

    自分の体。五体満足である。以上。
    大げさでもなんでもなく、僕にとって自分の体とは、それだけだ。幸せだから、自分の幸せに気づかないのかもしれないが、普通は自分の体にそこまで不平と自慢を持つものなのだろうか?自分で変えられる場所ならともかく、変えられない場所を悔やんでいても、何も始まらない。それは無駄なことなのだと、思うのだけど・・・。

    「あなたには、大切な何かが欠けていて、その切片はとても鋭く尖っているの。それが、あなたが意識をしていてもしなくても、人を傷つけるのよ。」

    ふと、昔ある人に言われた言葉を思い出した。これが、僕に足りない何かなのかもしれない。

    「どうしたの?」
    ヒロコさんの声で、ハッと自分の世界から戻る。

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    ■2006/05/31(水) ヒロコ その3

    「ごめんなさい。考えてみたのですけど、ちょっと思い当たらないですね。」
    僕は顔をあげて、ヒロコさんの視線を受け止める。
    「へぇ・・・。本当に?珍しい人ね。そんなに自分の体が好き?」
    ヒロコさんは、そう言って首をかしげる。グロスが塗られた唇が、ツヤツヤと湿度の高い光を送っている。
    「いえ、その逆で、自分の体にそれほど思い入れがないんだと思います。だから、好きなところも、嫌いなところも、すぐには思い当たりません。」
    淡々と、隠すことなく答える僕の言葉を全て聴き終わると、ヒロコさんは少し考えた後、
    「そう。あなた、一見恵まれているようで、実は寂しい人なのかもね・・・。」
    と、小さく呟いた。僕は、答える言葉がわからずに、無言で頷く。否定でも肯定でもない、言葉を受け止めたという合図だ。

    少しの沈黙。

    今まで気にならなかった店内の喧騒が、急に耳に入ってくる。甲高い誰かの笑い声を右から左へと聞き流しながら、僕は今までの会話を反芻して消化しようとしていた。
    ふと、テーブルの上のメニューに書いてある、ケーキのカロリー表示が目に入り、僕はある事を思い出した。
    「あ、一つありました。コンプレックス。」
    そう言うと、ぼんやりとドリンクバーを見ていたヒロコさんが、こちらを向いた。
    「あら、何かしら。」
    短くなったタバコの火を揉み消すと、例のごとく僕に視線をじっくりと合わせて、聞いてくる。
    「昔、自分の体重を、標準体重ジャストにしてみようと思ったことがあったんです。」
    ヒロコさんが黙って頷く。僕は、促されるままに話を続ける。
    「標準には5kg程足りなかったので、頑張って増量しようと思ったんですが、いくら食べても食べなくても、全く太れなくて・・・。あの時は、自分の体はどうなっているんだ、と悩みましたね。」
    「・・・。」
    「・・・。」
    ヒロミさんは、あっけに取られたように僕を見ている。

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