「うーんと、じゃぁカナコって呼んで。」 名前を聞かれたとき、OL風の女性はそう答えた。「名前はカナコ。」ではなく、「カナコって呼んで」と言うのだから、おそらく偽名なんだろう。
僕としては、その日一日の相手の呼び方がわかればなんでもいいのだが、スラっと偽名が出てくる女性は結構、稀だ。
化粧や服装が派手じゃないし、髪の色も落ち着いていたので、大人しい人だと思いながら声をかけたのだが、声や視線からは快活という印象がよく合う。どうやら、見当が外れたようだ。
「じゃ、まずはドトール入ろう?」 首を少しかしげながらすぐそこに見える喫茶店を指差すと、カナコさんは先に歩き出していた。
「何でこんなことしてるの?」「仕事とかはしてるの?」 お決まりの質問をかわしていくと、薄いピンクのソファにゆったりと背を預け、ふーんと呟いた。彼女の中で僕がどう解釈されていったのかわからないが、そう悪い印象ではなさそうだ。こういう質問をされるのは馴れているので、テンポよく答えていた。
ある程度雑談が進んだころだった。 「私もね、高校生の時、家出したこと、あるんだよ。」 伏し目がちにカフェオレに刺さっているストローをかき混ぜながら、彼女はボソっと言った。今までの雑談で纏っていた明るさが急に消えたので、おやっと思ったが、自分から話をしてくれるのはある程度心を開いてくれた証拠なので、ゆっくり頷いて、話を促す。
「高校生の時ね、お兄ちゃんがどうしても嫌で、出てきちゃった。最初は友達の家に泊まってたんだけど、男の人とホテルに入って、ホテル代出してもらったりもしたよ。」 初対面の僕にだからこそ言いたいことなのだろう。何も言わず、ただ頷く。
「誰も、お兄ちゃんの事をわかってくれようとしなかったし、私はきっと見てみぬ振りをされてたんだと思う。」 ・・・と、そこで話が止まった。断片的な話ばかりなので想像するのは難しいし、あまり意味がない。ただ、僕は話を聞いていた。
|